ホーム > 研究紹介 > 刊行物 > 森林総合研究所関西支所年報第39号 > 年報第39号 主要な研究成果
ここから本文です。
清野嘉之・井鷺裕司・伊東宏樹(造林研究室)
千葉幸弘(農林水産技術会議)
花粉生産の抑制を目的に間伐や枝打ちを応用した樹冠量調節が施されているが、自然環境条件や遺伝的特性などが林によってまちまちで、効果の把握は容易でない。実証実験は時間がかかるので、短期間で効果を推定できるモデルの提供を目指しており、ここでは、スギの樹冠構造と雄花生産の定量的関係の分析結果について報告する。
1998年2月に関西支所構内の15年生スギ林で60個体を観察し、林野庁のスギ雄花着生状態基準(A~Dランク)で類別した。雄花を着生する6個体から陽樹冠の下~上部の枝をそれぞれ12本選び、葉重、当年葉重、雄花重を破壊法で調べた。枝のサンブリング前に最上と最下のサンプル枝の位置で全天写真を撮り、開空度の範囲を求めた。
雄花を着生したのは60個体中6個体で、1個体はBランク(樹冠のほぽ全面に着生)、他はCランク(樹冠に疎らに着生、あるいは樹冠の限られた部分に着生)に類別された。サンプル枝の開空度は最下枝で3~8%、最上枝で45~69%の範囲にあった。6個体それぞれで、枝の当年葉重と雄花重との間に巾乗式で近似される関係が見出され、個体によって式の常数は異なるものの、枝の当年葉重と雄花重の対数の積率相関係数はいずれの個体でも有意であった。葉重と雄花重にも類似の関係が認められたが、係数は小さかった。
諸葉重と雄花重の関係の普遍性を確かめる必要があるが、雄花は春から初夏に伸びた当年葉の先端付近に着生するので、雄花重と当年葉重の関係が密接なのは当然と思われる。常数の変動には気象条件や個体の養分条件、遺伝的な違いなどいろいろな要因がかかわり合っているが、全てを分析できるデータが直ちに得られる見込みはないので、枝数と枝の当年葉重が分かっている林に関係式を適用して雄花重の時空間分布(図-1)や樹冠量調節の効果を推定できるよう、常数の範囲を把握したい。林野庁が検討する着花指数との関係にも配慮する。
図-1 雄花重の時空間分布(推定例)
井鷺裕司・清野嘉之・伊東宏樹(造林研究室)
日本の森林の大部分は人為の影響を受けているが.特に都市近郊に存在する森林は、本来の森林の分布域に比べて著しく断片化した状態で存在している。孤立化した生物集団では世代を経るごとに遺伝的浮動による多様性の低下が問題となると考えられる。人為によって著しく断片化した森林で、個々の個体や集団間での遺伝子の交流はどの様に行われているのであろうか。また.その液は遺伝的浮動による多様性の低下をカバーしうるレベルのものなのであろうか。
京都市伏見区にある孤立林を対象に、マイクロサテライト遺伝マーカーを用いて遺伝子の流れを明らかにした。
調査プロットは、京都市伏見区にある孤立化した照葉樹林に設け、林分の林冠構成樹種の中からシラカシを対象として選定し、解析を行った。調査プロット内で繁殖サイズに達している93個体から葉を採取し、CTAB法によりDNAを抽出した。林床に生育する稚樹については、153本を対象に葉を採取し、繁殖個体と同様にDNAを抽出した。
繁殖個体と稚樹の遺伝子型をすでに開発しているシラカシのマイクロサテライト遺伝マーカーを用いて解析した。シラカシで多型が確認されているマイクロサテライト部位をPCRで特異的に増幅した。PCR産物はビオチン又は蛍光物質でラベリングし、アクリルアミドゲルで電気泳動を行って塩基サイズを決定した。サイズの異なるPCR産物はマイクロサテライト部位の繰り返し数の違いを反映した異なった対立遺伝子として認識し、それぞれの個体の遺伝子型を決定して親子関係を推定した。
153個の稚樹の親を推定した結果、約半数の77個体の稚樹は片親がブロットの繁殖個体内に存在しなかった。また、12個体の稚樹は両親がブロット内に存在しなかった。両親がプロット内に存在しない稚樹に関しては.ブロット外から運ぱれてきた種子に由来するものと思われる。また片親がプロット内に存在しない稚樹は主に花粉親がブロット外にあるものと思われる。
種子を運んだ動物は同定されていないが、調査林分を取り囲む状況から見て、100m以上離れた場所から種子が運ばれて来ているようである。
花粉に関しては、調査プロット内ではプロット内の繁殖個体に由来する花粉が密度としては圧倒的に多いはずであるが、実際には林床の稚樹のほぼ半数のものがプロット外の繁殖個体に由来する花粉を受け取っていた。
外部からの種子と花粉による遺伝子の流入を合計すると、林床に生育する稚樹の持つ遺伝子の約3分の1が調査ブロット外に由来するものであった。遺伝的浮動による遺伝的多様性の低下を防ぐためには、各世代ごとにごくわずかの遺伝子が集団外からもたらされればよいとされているが、今回の調査林分で明らかになった遺伝子交換はその量をはるかに上回るものであった。
マイクロサテライト遺伝マーカーのように極めて分解能の高い遺伝マーカーで野外植物集団の繁殖過程を解析した例は今のところ少なく、今回の結果が、一般性のある事なのか否かは不明である。ただ、最近、アメリカでも野外樹木集団を対象としたマイクロサテライト遺伝マーカーによる遺伝解析がコナラ属の植物を対象になされたが、今回のシラカシのケースと同様に.種子の移動が従来考えられていたよりも長距離にわたってなされること、そして花粉による遺伝子交換が非常に大きいという結果が報告されている。
今回調査したブロットのシラカシ個体群に関しては、外部からの遺伝子交換は大きく、遺伝的浮動による多様性の低下が問題になるとは考えにくい状況であった。それでは、樹木集団がどの程度孤立すると.遺伝的浮動の影響が無視できないほどに外部からの遺伝子交換が小さくなるのか、あるいはシラカシのような風媒花でなく、虫媒花では森林の断片化の影響はどの様に効くのか、といった疑問に関しては更に研究が必要である。
伊東宏樹・井鷺裕司・清野嘉之(造林研究室)
現在遷移が進行しつつある都市近郊広葉樹二次林の動態を予測する上で、実生バンクが、どのような環境要因と関連して成立しているかを知ることは重要だと言える。こうした観点から、銀閣寺山国有林に設定した固定調査区において、実生・稚樹の密度と環境要因との関係について調査した。
京都市左京区の銀閣寺山国有林に設置した固定調査区において、1m×1mの大きさの実生調査区を28個設置した。この実生調査区内に出現した木本種の実生・稚樹(樹高50cm以下)の種名および本数を1997年9月に記録した。環境要因として、傾斜・斜面位置・開空度を測定した。傾斜は.実生調査区の対角線2つが水平面となす角をそれぞれ測定し、これらから、実生調査区の4頂点が同一平面上にあると仮定したときの.この平面と水平面とのなす角を求め、その角度であらわした。斜面位置は、固定調査区のY軸(ほぼ等高線に直角の方向)の値であらわした。値が大きいほど斜面の下部にあることになる。開空度は、それぞれの実生調査区で魚眼レンズを用いた全天写真を撮影し、この写真を使って求めた。
28の実生調査区内で25種155本の木本樹種の実生・稚樹が確認された。樹種別の本数ではアラカシ(Quercus glauca Thunb. ex Murray)がもっとも多ぐついでイヌツゲ(Ilex crenata Thunb.)・アオキ(Aucuba japonica Thunb.)・ヒサカキ(Eurya japonica Thunb.)・クロバイ(Symplocos prunifolia Sieb. et Zucc.)・カナメモチ(Photina glabra (Thunb.) Maxim.)の順だった。これらの中で、高木性の樹種であるアラカシとクロバイとについて、その密度と環境要因との関係をみた。
傾斜との関係では、アラカシは傾斜が急なところで密度が高くなり、クロバイは傾斜が急なところで密度が低くなるという傾向が見られた。また、アラカシは、斜面下部で密度が高くなるという傾向も見られた(図-1)。ただし、これらの傾向は、上層木(DBH≥3cm)で得られた結果と同様のものであり、こうした傾向をもたらした原因が、これらの種の実生・稚樹の生存率に地形要因が影響を与えたためなのか、あるいは上層からの種子供給量の違いを反映しているためであるのかを判別するためにはさらに調査を要する。
開空度については、クロバイの密度が開空率が大きいところで密度が高くなる傾向が見られたが、アラカシについては一定の傾向は見られなかった。これは、耐陰性の違いに対応しているものと考えられる。
図-1 傾斜および斜面位置と、アラカシ・クロバイの実生・稚樹の密度との関係
金子真司(土壌研究室)
深山貴文(防災研究室)
森林から渓流水を通して流出する有機物は、流域に生息する生物の栄養源となっている。これら有機物には落葉のように大きなものから肉眼で形態を確認するのが困難な浮遊物、あるいは溶存態のものと様々な形態がある。しかし、森林から流出する有機物に関する研究は少なく、わが国ではこれらすべての形態の有機物の流出を調べた例はない。そこで、本研究では森林から流出する有機物11tについて形態別に測定を行った。
調査は、比良山系の南比良岳を源頭とする四ツ子川の支流(滋賀県志賀町, 標高300m, N35°131', E135°55', 流域面積6.57ha)で行った。ここでは1995年7月に直角三角堰(川幅2.0m)を設置して流量観測を行っている。この支流の渓流水を月2回の頻度で採取し、溶存有機体炭素(DOC)濃度および浮遊有機物量を測定するとともに、月に一度の割合で堰の内部に堆積した落葉や落枝などの粗大有機物を回収して重量を測定した。なお、DOCの測定はTOC測定装置によって行い、浮遊有機物量はガラスフィルター(径1ミクロン)で捕集した浮遊物を500℃で加熱した際の灼熱減量から求めた。粗大有機物は含水率を調べて乾物重を計算した。
図-1は溶存態浮遊態、粗大有機物の流出量を示したものである。溶存態浮遊態の有機物流出量は平均濃度に流出量を乗じて求めた。粗大有機物量は年問流出量に係数(0.55)を乗じて炭素量に換算した。年変動が最も大きかったのは粗大有機物で、少ない年(2.4kg/ha)と多い年(11.3kg/ha)では5倍の開きがあった。それに対して、浮遊態有機物は年問流出量が5~6kg/ha程度とほぼ安定していた。溶存態有機物量も1996、1997年は6kg/ha前後でおおむね等しかった。粗大有機物の流出量の年変動が大きかった理由は、粗大有機物の流出が豪雨によって飛躍的に増加するためであった。例えば、粗大有機物の流出が113kg/haと多かった1995年は8月に255mmの豪雨があり、その際に10.4kg/haの流出があった。溶存態および浮遊態の有機物については水量変化にともなう濃度変動を考慮しなかったので、その点を加味するとこれら成分の年変動も大きくなる可能性がある。
図-1 有機物の形態別流出量
次に、溶存態、浮遊態、粗大有機物の形態での炭素の流出が森林のリターフォールに占める割合を調べた。調査した渓流の流域の大半はヒノキやスギの若齢林である。そこで、ヒノキ林のリターフォールに関する既往の測定値2,654kg/ha(堤、1989)を基準にすると、溶存態は0.1~0.2%、浮遊態は0.2%、粗大有機物は0.1~0.4%に相当し、それらを合計した有機物流出量で0.4~0.8%に相当することが明らかになった。ただし、流域の大半を占めるヒノキやスギは粗大有機物にほとんどなく、大部分は堰堤近くに成立するヤシャブシやコナラなどの落葉広葉樹の落葉や落枝であった。このことから、渓流水中の有機物の供給源として渓畔の樹木が重要な役割を果たしていると推定された。
古澤仁美・荒木誠・鳥居厚志(土壌研究室)
治山施工後の植生回復に伴う土壌の変化を明らかにすることは、目的とする森林が回復するかどうかを予測し、目的を達成できる施工方法を確立するために必要である。そこで、施工直後からの植物の成長と土壌の化学性、物理性の変化を調査することにした。今回は、そのうち無機態窒素の一つであるアンモニア態窒素の推移について初期1年間の結果を報告する。
関西支所構内実験林の斜面(傾斜42~45°、北西向き)に、Sl:アカメガシワ区、S2:ヤシャブシ区、S3:アカマッ区、S4:草本区、S5:対照区(裸地)の5つの試験区を設けた。各試験区にマサ土を厚さ6cmに客土し、各々の種子の期待本数密度を木本:200本/m2、草本:4,000本/m2に設定して1996年4月に播種した。施工後、散水は表面が乾かない程度に適宜行った。また、支所構内の常緑広葉樹林を対照として、無機態窒素の推移を比較した。2ヶ月毎に表層土壌(深さ0~5cm)を採取し、2mmのふるいを通した生土10gを2N塩化カリウム溶液100mlで振とう、ろ過し、水蒸気蒸留法によりアンモニウム態窒素、硝酸態窒素を定量した。
アンモニア態窒素濃度は、試験区では樹種による違いは認められず、対照区(裸地)とも違いが認められなかった。裸地区と違いがないことから、施工後1年間では、植物による影響は測定できるほど大きくないと考えられる。また、試験区は森林と比べて常に低かった(図-1)。
土壌中の無機態窒素の濃度は窒素無機化速度と植物・微生物の吸収のバランスで決まる。窒素無機化速度は、温度、水分に影響されており、温度の高い夏季には無機化速度が大きくなり、それを反映して無機態窒素の濃度は夏季に高くなるといわれている。しかし、今回はアンモニア態窒素の濃度は、試験地および対照の森林で3月、5月に高く、夏季には低い傾向が認められ.既存の報告とは異なる傾向を示した。そこで土壌の採取時含水率とアンモニア態窒素の濃度との関係をみると、森林では相関が低いが採取時含水率が大きいとアンモニア態窒素濃度が高い傾向が認められた(図-2)。しかし試験区では含水率とアンモニア態窒素濃度とは相関が認められなかった。採取時含水率は森林では25~61%であるのに対し、試験区では11~17%と低かった。試験区では低い含水率がつねに無機化を制限して、採取時含水率と関係が認められなかったことも考えられた。また、試験区では適宜散水も実施していることから.試験区での季節変動は水分以外の要因であると考えられた。
図-1 土壌中のアンモニア態窒素の経時的変化
図-2 森林土壌における採取時含水率とアンモニア態窒素濃度との関係
鳥居厚志(土壌研究室)
近年、西日本の里山地域で竹林が自然に分布拡大する現象が観察されている。これまでの研究で、京都市周辺の各所でも1970年頃以降に、面積の増大や、平地から山地へ向かっての拡大傾向が確認された。そこで、個々の拡大箇所についてもう少し詳細に調べ、竹林の分布拡大の速度を推定する。
滋賀県近江八幡市の八幡山と京都府八幡市の男山の2地域を調査対象地として、各々年次の異なる空中写真(八幡山は1975年と1982年、男山は1974年と1987年)を用いて竹林の分布をトレースした。調査対象面積は.どちらの地域でもおおむね1km2である。両地域において、空中写真から判読した個々のタケ群落の面積の変化を調べた。また個々の群落の拡大箇所について、増加面積を群落幅で除し、その値を経過年数で除した数値を拡大速度とした。
図-1に、両地域における個々の群落面積の変化を示す。個々の群落が拡大して2つ以上の群落が結合したケースがあり、その場合にはそれらの面積の合計を用いてプロットしてある。図中の破線は傾き=1の直線であり、両地域ともほとんどこの直線より左上にプロットされていることから、ほとんどの群落の面積が増加したことがわかる。どちらの地域でも、ほぽ直線で回帰でき(八幡山r2=0.9616、男山r2=0.9351)元の群落面積の大きさに関わらず増加率がほぼ一定であることを示している。ただし、面積が0.5ha未満の小さい群落では増加率がやや小さい。
図-2に両地域の竹林群落の拡大速度の度数分布を示した。図の横軸は、3m/yr.を境に尺度を変えて表してある。拡大速度の単純平均は、八幡山で2.89m/yr.、男山で1.78m/yr.であるが、どちらの地域でもThompsonの棄却検定(α=0.05)で「有意に飛び離れて大きい」(異常値)と考えられる数値が2~3箇所でみられた。これらを除外すると、拡大速度の平均は、八幡山で2.58m/yr.、男山で1.69m/yr.となった。両地域の拡大速度を比較すると、八幡山の数値が有意に大きかった(Mann-WhitneyのU-検定、α=0.001)が、その理由は十分明らかではない。ただし、可能性として空中写真の撮影年次の問隔の違いが考えられる。すなわち八幡山では7年間、男山ではその倍近い13年間の竹林の変化を解析した。仮に、竹林の拡大が比較的短期間(たとえば5年間程度)に集中して起こったとすると、両地域の実際の拡大状況が同程度だったとしても、経過年数の長い男山の方が平均の拡大速度が小さく算出されることになる。
深町加津枝(風致林管理研究室)
サクラやマツあるいは秋の紅葉で名高い嵐山の森林景観は13世紀以来の人為的な管理に支えられてきた。明治期当初には風致保安林などの指定を受けて禁伐とされたが、1931年に風致施業計画が策定された後は国有林としての施業管理だけでなく、地元住民の協力による植樹祭を行うなど、様々なかたちで風致施業が展開されていった。中でも植樹祭は、今後の住民参加を基本とする国有林の風致施業のあり方を考える事例として重要であり、その歴史的展開を把握することは、今後の景観管理計画を考える上で不可欠であろう。
そこで、嵐山国有林における昭和期以降の風致施業の流れを明らかにし、その中での植樹祭の意義および具体的な植栽、管理状況を明らかにすることを目的とした。用いた資料は、嵐山国有林に関する調査報告書や施業管理計画書、1/20,000施業管理計画図等であり、京都営林署での聞き取り調査も行った。
昭和初期になると山は保存するのではなく創造すべき自然景観と考えられ、禁伐に対する批判が起こった。1929年の施業案改訂を機に国有林においても風致に対する考え方が大きく変化し、1931年には嵐山国有林の風致施業計画が策定された。消極的な保護のみでヤマザクラやアカマツが消失し、風致が悪化している現状が報告されたのである。風致上重要な大堰川沿いの山麓から中腹が特にきめ細かく区分され、立地条件を考慮して画伐を導入するなど、積極的な風致施業法が示された。
この時期には郷土風景を見直す動きも高まり、1935年に京都府山林会と京都風致復興会が「愛林日」を主催し、記念植樹、苗木の配付などかつてない大々的なイベントが行われた(図-1)。「愛林日」は郷土風景としての森林の風致の回復に住民が直接参加する機会を提供した。戦時中には、このような動きが一時中断されたが、1960年代には観光資源としての自然の価値が上昇し、風致保護の重要性が広く認識されるようになった。しかしながら、嵐山国有林内のマツ枯れの被害は増大し、被圧されたサクラが枯損する一方、アラカシなどの常緑広葉樹が目立つなど、森林景観はさらに変化していった。1971年の施業方針では特にマツ枯れ対策に重点が置かれており、また1980年に土砂流出防備保安林に指定されるなど、嵐山国有林ではマツ枯れ、治山対策と一体となった風致計画が推進されるようになった。
1982年になると嵐山国有林の具体的な防災・風致対策が示され「京都市近郊国有林野の取扱について」を基本とする、第4次地域施業計画が策定された。ここでは、嵐山国有林を風致に最も配慮する国有林として位置づけ、往時の嵐山の姿を80年後に復元することを目標とした。基本方針として、サクラやマツの植栽時に陽光を確保するため一ヶ所当たり0.1haの群状択伐を行う、保育を行い林相を改良する、急斜面の安定と防災対策を行うことなどが示された。そして、同年より毎年2月25日を「嵐山植林育樹の日」と定め、京都営林署と嵐山保勝会とが共催する植樹祭が開始された(図-2)。嵐山保勝会は嵐山の旅館、飲食店、通船・鉄道会社等によって構成され、活動の一環として歴史的景観の保全ための自主的な活動を行っている。植樹祭への参加は、大阪営林局、京都府、京都市、森林総合研究所などの関連機関を含め約30名に限定されている。しかし、1997年には一般公募により京都市内の留学生などが参加し、植樹祭と営林署職員の案内で林内のハイキングを楽しむなど、新たな方向も模索されるようになった。また、地元の新聞記事に掲載されるなど、植樹祭に対する関心も例年高い。
1990年になると植樹祭に際し、1982年の計画策定後で初めての群状択伐が行われた。同年までの疎開地への植栽では、サクラやマツの生育に十分な陽光が確保できなかったためである。以後毎年約0.05haの面積で群状択伐された後の植栽地は試験地とされ、サクラの成育状況等の風致施業に関する基礎的なデータが収集されている。表-1では1982~1998年の植樹祭における樹種別の植栽本数を示し、図-3は植栽された位置を表中の番号ごとに示している。嵐山保勝会により寄贈されたサクラ類(主にヤマザクラ)とともに、林木育種場からの提供によるマツ枯れに対する抵抗性の強いマツ類(主にアカマツ)が植栽され、1998年からはモミジ類も加わった。
植栽された位置は嵐山国有林の北東部で標高200m未満で、渡月橋周辺の森林に集中している。これは、渡月橋を視点場とした可視域にある近距離の林外景観を重視していること、アプローチが容易な場所の周辺が選定されていることによる。一箇所にまとめて植栽を行う年が多かったが、1985年のように数箇所に分散したり、あるいはマツとサクラを別の位置に植栽する年もあった。北斜面に位置したり、周囲を高木の常緑広葉樹に囲まれたり.あるいは傾斜30度以上の急傾斜地にあり林床植生が貧弱であるなど、生育条件の厳しい場所が多い。付近にはシカやサルなどが生息し、植栽後に被食、枝折れなどの獣害を受ける場合も多い。
植樹祭の実施に際しては、法的規制に則して伐採を制限するなど風致上の配慮が不可欠である。そのため、結果的に陽光不足などにより植栽された樹木の生育に支障をきたす場合がある。また、除伐などの施業が必要なほか、鳥獣被害を防ぐために防護用ネットを僅用するなど、植栽後の森林管理にも多くの費用と労力が求められる。
今後は植樹祭が住民参加型の風致施業として更に発展し、風致向上に大きな役割を果たすことが期待される。植栽された675本の樹木、そして今後植栽される樹木が高木となり、嵐山の林外景観に趣を与えてくれる日が心待ちにされる。
No. | 実施年 | サクラ類 | マツ類 | モミジ類 |
1 | 1982 | 50 | 0 | 0 |
2 | 1983 | 60 | 0 | 0 |
3 | 1984 | 70 | 0 | 0 |
4 | 1985 | 20 | 0 | 0 |
5 | 1986 | 19 | 25 | 0 |
6 | 1987 | 20 | 0 | 0 |
7 | 1988 | 20 | 0 | 0 |
8 | 1989 | 35 | 0 | 0 |
9 | 1990 | 10 | 0 | 0 |
10 | 1991 | 10 | 40 | 0 |
11 | 1992 | 10 | 30 | 0 |
12 | 1993 | 10 | 30 | 0 |
13 | 1994 | 10 | 30 | 0 |
14 | 1995 | 10 | 30 | 0 |
15 | 1996 | 10 | 30 | 0 |
16 | 1997 | 16 | 30 | 0 |
17 | 1998 | 14 | 30 | 6 |
細田和男(経営研究室)
径級分布の予測に用いられる代表的手法の1つに、ワイブル分布の応用がある。ワイブル分布のバラメータを推定するにはいくつかの方法があるが、ガンマ関数を介する方法(西沢正久ほか、1976)が最も簡便である、この方法を利用すると、上層樹高・本数密度・最小直径階の予測値に密度管理図の構成式を組み合わせることにより、ワイブル分布のすべてのパラメータを決定することができる。ここでは、最小直径階の推定式について、北近畿・中国地方のスギ・ヒノキ同齢林を対象に報告する。
資料として、北近畿・中国地方スギ人工林林分密度管理図(林野庁、1980)および同地方ヒノキ人工林林分密度管理図(林野庁、1983)の調製資料を用いた。同資料は域内のおおむね3~14齢級の民有林から広く収集されたもので、標本数過剰または林分因子間の関係異常により棄却された資料を除くと、調査区数はスギ346、ヒノキ400である。最小直径階の重回帰モデルには両対数一次式を用い、独立変数の候補として平均直径・林齢・本数密度・上層樹高を取り上げた。変数選択にはステッブワイズ法を用い、変数取捨時のF値の有意水準は0.15にした。
全域を対象として回帰式を求めると.変数選択の結果、H:上層樹高(m)は不採用になり次式を得た。
スギ | loga = | 0.83408919 | +1.11711183 logD | -0.30214230 logT | -0.29433187 logN |
ヒノキ | loga = | -0.02116085 | +1.24992350 logD | -0.15908616 logT | -0.10149203 logN |
ただし、a: 最小直径階(cm)、D: 平均直径(cm)、T: 林齢、N: 本数密度(本・ha-1) |
両式の全体の寄与率は、スギが0.589、ヒノキが0.760であった。ただし、独立変数として平均直径だけを用いた場合でも、回帰式の寄与率はスギ0.564、ヒノキ0.749となった。すなわち林齢・本数密度を導入する効果は統計的に有意ではあるものの、大きくはなかった。スギについては誤差率が40%以上となり推定精度が低かった。府県別に回帰分析を行うと(図-1)、スギの場合、京都・兵庫・広島で式全体の寄与率が小さいほか、広島・山口で平均直径の部分寄与率が相対的に小さいなど、府県間のばらつきが大きかった。ヒノキの場合、寄与率の府県間差異はスギの場合に比べて小さく、広島を除いては平均直径が寄与率のほとんどを占めていた。
ガンマ関数を用いてワイブルパラメータを決定する場合、最小直径階がすべてのパラメータに影響を及ぼすので、最小直径階は十分慎重に椎定されなければならない。今回の検討では、特にスギの場合、良好な推定式が得られたとは言い難いので、他の独立変数の導入を含めさらに詳しく検討していく必要がある。
図-1 府県別回帰式の独立変数ごとの寄与率
田村和也(経営研究室)
木材加工流通過程でのコスト削減は、外材や代替資材との競合が厳しさを増す中で木材産業の急務であるが、生産工程に関わるコストだけでなく、できる限り流通コスト低減も図ることが必要である。そこで、生産管理の視点から仕入れ段階およびシステム内に存在ミする在庫に着目し、その削減効果について検討した。
仕入れの際のロットサイズ在庫、および多段階流通過程に内在するデカップリング在庫について、各種資料を基に仮定した数値で概念的な検討を行なった。
(1)仕入れの際、発注回数を抑え1回当り大量に仕入れれば発注コストを下げることができる。その結果生じるのがロットサイズ在庫で、ロットサイズが大きくなればその在庫コストは増加する。この発注コストと在庫コストのトレードオフから、両者を合計したコストを最小にする
経済的発注量=√{2 × (平均需要) × (1回の仕入コスト) / (単位当り在庫コスト)}
が求まる。ある国産材工場の事例(スギを原木市場で購入、購入量平均180m3/回、購入回数平均12.5回/月、原木消費量2万7千m3/年)を元に、原木代2万2千円/m3、仕入コスト1万5千円/回、在庫コスト率年10%と仮定すると、合計コスト(図-1点A)は経済的発注量の場合(点B)に比べ月約10万円(約50円/m3)多く、1回当りの仕入量増加がコスト削減につながる。あるいは仕入コストそのものを削減できれば、現状の仕入形態でも一層のコストダウンになることがわかる(点C)。
また、総仕入れ量が同じ地域を2つ考え、一方は小規模工場が多数存在し、他方は大規模工場が少数存在する場合を想定すると、全体のコストは後者のほうが小さいことが計算より示される(図-2)。したがって、仕入れに関するコストのみを考慮すれば大規模工場が少数存在するほうが優位といえる。
(2)生産流通活動は末端の最終需要から引き起こされるが、その情報が川上に伝わらないとリードタイムと需要の不確実性に増幅されたデカップリング在庫がシステムに内在する。例えば、次のような小売業者と卸売業者を想定した場合(最終需要…平均4m3/日・標準偏差2m3、小売業者…発注点方式で20m3/回を発注・リードタイム2日、卸売業者…発注点方式で60m3/回を発注・リードタイム10日)、各々直接の需要情報のみに基づき発注(独立型)すると、システム内の平均在庫量は84m3になる。ところが、卸売業者が小売業者の在庫量も知って在庫管理すれば(情報共有型)平均在庫量は563となり、約1/3の在庫削減が図れることになる(図-3)。以上で検討したコスト低減策は概念的なものであり、また材積当りで大幅なコスト低下をもたらすものではないが、取引の態様や情報の流れを改善していく方向が示唆されよう。
図-1 仕人れ量と合計コストの関係
図-2 同一量を規模の異なる工場群で仕人れた場合の合計コストの総計の比較
図-3 独立型と情報共有型のシステム内在庫量の比較
野田英志・田村和也・細田和男(経営研究室)
わが国の高性能林業機械の保有台数は平成元年の76台から8年度末の1,478台へと、平成期に入り大幅に増加してきた。林業生産における高性能林業機械の活用は、21世紀に向けたわが国の林業機械化の「1つ」の方向を示すものと見られる。しかし現状では、その利用に地域的な偏在が見られたり、機械の効率的な運用などの問題指摘も多くなされており、その普及・定着には、解決すべき課題が多いと見られる。そこで、先発林業地を抱える近畿地方において高性能機械を導入している事業体を対象として、高性能機械の導入・利用状況に関するアンケート調査を実施し、一部、面接による聞き取り調査も並行して、主として社会経済的側面から、高性能機械導入の経緯や利用上の問題点、さらにその限界等を探った。本稿では、アンケート調査結果の一部を紹介する。
林野庁の「林業機械の保有状況調査」によると、近畿地方における高性能林業機械の保有台数は平成9年3月末現在59台(全国1,478台)であり、機種別内訳では、プロセッサ29台、タワーヤーダ15台、フォワーダ6台、ハーベスタ5台、スキッダ4台で、フェラーバンチャはない。保有台数は他地方と比べ著しく少ないことがわかる。導入事業体数は試験研究機関を含めて50事業体であり、1事業体あたり平均1.2台と、概ね伐出作業の一部の工程での活用に止まっている。
アンケート調査は試験研究機関を除く47の導入事業体を対象に、平成9年12月に郵送方式で実施し(京都府の4事業体は面接聞き取り)、24事業体からの回答を得た。経営形態別では会社-個人が13、森林組合8、その他3であった。過去1年間の素材生産量は平均4,500m3で、皆伐が75%を占める。平成6年の「林業構造動態調査」によると、近畿の素材生産業者の年問素材生産量は1業者あたり平均1,342m3であるから、導入事業体は大手クラスである。素材生産量のうち高性能機械を利用して生産した割合は、皆伐で60%、間伐では47%であった。また機械の導入は平成2年以降である。アンケートの設問は18項目にわたるが、以下では紙数の関係から、高性能林業機械の導入理由、導入前後の変化(労働生産性、生産コスト、重労働の軽減、若手労働者の確保など)、導入・利用上の問題点、について見ておきたい。
まず、「どのようなことを期待して高性能林業機械を導入したか(複数回答)」の設問では、回答者の83%が「作業効率を高める」ためとし、次いで「重労働の軽減」・「生産コストを下げる」が各々了5%、「機械化で人手不足をカバー」58%、「若手労働者を集める」54%、「作業の安全性の向上」50%の順となっている。次に、高性能機械の導入前と後での変化についての設間である。まず労働生産性については、「向上した」とする回答者が、「大幅に向上(17%)」を含めて、87%を占める。また重労働の軽減についても「減少した」と評価する回答が91%と高い。同様に、生産コストについても82%が「低下した」としている。一方、若手労働者の確保については、「できた」とする回答者の割合は55%と下がる。ケガ・事故の発生件数についても、「減少した」が52%、「変わらない」が43%であり、その評価は先に見た重労働の軽減等と比べると低い。こうした評価は、機械導入時の期待と概ね対応している。機械を導入・利用した結果の全般的評価では、「失敗だった」とする1事業体を除き、「良かった」59%、「まあまあ良かった」が36%となっている。
最後に、高性能機械を導入・利用する上での問題点について見ておきたい。利用上の問題点としては、「林道・作業路が未整備」と指摘した回答者が全体の61%を占め、「機械が稼働できる作業現場の確保が困難」の57%と共に高い割合を占める。次いで「メンテナンスに時間と費用がかかる」48%、「機械を活用できる事業IItの確保が困難」39%、「丸太の仕上がりが悪くなる」35%の順となっている。機械が効率良く稼働できる作業環境の確保が大きな課題となっていることがわかる。また先発林業地での優良材生産では、「丸太の仕上がりが悪くなる」ために造材への活用が難しく、全体に高性能機械の稼働率を低めている。並材だけではなく優良材など多様な木材が供給される先発民有林業地帯においては、現行の高性能林業機械を活用した作業システムは、一定の成果は得ているものの必ずしも万能ではなく、多彩な現場パターンに応じた、多様な伐出作業システムの一つとして位置づけられている段階といえよう。
後藤義明(防災研究室)
日本の林野火災の大部分は、タバコの投げ捨てやたき火の不始末など人為的な原因によって発生している。したがって地表部分、すなわち林床可燃物に着火することにより発生することが圧倒的に多い。本研究では、京都府南部の落葉広葉樹二次林において、落葉・落枝とともに重要な林床可燃物である草本層植物の燃焼性を調査した。
調査は京都府相楽郡山城町にある山城森林水文試験地北谷試験流域で行った。調査地全体を5m×5mの小方形区に区切り、方形区内の草本層に出現する植物をリストアップし、種ごとに被度を測定した。各植物の燃焼性(燃え易さ)については、主に植物の防火力についての既存の研究報告から推定した。防火力の研究例がない種については、その種の性質と既に区分されている近縁種の防火力とから推定した。燃焼性の区分は、小、中、大、危険の4種類とした。
表-1に調査地内の草本層に出現する主な種を、その燃焼性ごとに示した。燃焼性が小さいのは、ジャノヒゲ、ソヨゴ、ネズミモチ、ヒメヤブランなどの、比較的葉の厚い常緑植物だが、当試験地では種数、被度ともに低かった。燃焼性中~大の植物は、種数は多いが、やはり大部分の種は被度が低かった。燃焼性からみて、燃えやすく危険と判断される植物は、当試験地ではネザサ、ウラジロ、コシダの3種だけであるが、これらの種は試験地内で高被度で出現するプロットが存在する。
落葉・落枝の量および上層木の植物の胸高断面積と草本層との関係をみると、落葉・落枝量は地形との関係が明瞭でなく、上層木の胸高断面積合計の大きいところで多くなる傾向があった。逆に草本層の植被率は、上層木の胸高断面積合計の大きいところで小さくなる傾向が見られた。当試験地では全般に草本層の植被率が低いが、試験地内の尾根や谷付近には植被率の高いプロットも存在する。これらはネザサ(尾根)やウラジロ(谷)など、燃焼性からみると危険に属する植物で構成されていた。
このように山城水文試験地の草本層は、植被率が低いかあるいは高くても燃焼性の大きい植物が優占する場合が多い。また、草本層の植被率が低いところでは、落葉・落枝量が多くなる傾向があり、地表火に対しては危険な状態にあるといえる。このことは近畿地方に分布する落葉広葉樹二次林に共通した特徴であると考えられる。
燃焼性 | 種名 |
小 | ジャノヒゲ ソヨゴ ツルグミ テイカカズラ ネズミモチ ヒメヤブラン |
中 | ミツバアケビ アオハダ アカメガシワ イヌツゲ クサギ コハノガマズミ コナラ クリ モチツツジ サルトリイバラ シシガシラ コバノミツバツツジ ヒイラギ ヒサカキ ヒメヤシャブシ ベニシダ ヤブコウジ アオツヅラフジ |
大 | アラカシ コシアブラ カキノキ カスミザクラ カマツカ ツクバネウツギ コウヤボウキ ゼンマイ チヂミザサ コウスノキ トコロ ハリガネワラビ ススキ ナツヅタ ナツハゼ ナツフジ ニガキ ナガバノモミジイチゴ ナキリスゲ ノガリヤス |
危険 | ネザサ ウラジロ コシダ |
玉井幸治(防災研究室)
林野火災発生危険度の評価は、従来気象データに基づいて行われることが多い。したがって危険度評価は主に時系列的に評価されており、属地的に評価されることは極めて少ない。属地的に林野火災危険度が評価される場合には、林地利用や人の入り込みを管理できるようになるなど、利点は多い。一方で林野火災は一般に林床可燃物が最初に燃え始め、次に幹や樹冠へと拡大していく。したがって林床に堆積する落葉層の含水率変化の特性を比較することにより、林分ごとの林野火災の発生危険度評価が可能になると考えられる。本報告では、京都府内に位置する常緑落葉混交林と落葉広葉樹林における日射量データなどに基づいて落葉層含水率の季節変化を計算し、比較検討を行った。
落葉層含水率を予測するモデルには、林床面蒸発量計算モデルを用いた。このモデルを使用すると、林床可燃物の含水率を降水量と林内日射量から推定することができる。
対象とした森林は、京都市左京区銀閣寺国有林内に位置する混交林と京都府相楽郡山城町北谷国有林に位置する落葉広葉樹林である。両方の森林とも落葉樹は4~5月にかけて開葉し、10~11月に落葉した。混交林における開空度は着葉期で13.3%、落葉期で23.0%、落葉広葉樹林では着葉期に17.1%、落葉期に45.6%であった。落葉広葉樹林における相対日射率は着葉期で15%、落葉期で40%であった。
落葉層含水率の算出には、混交林については林床面における日射量の測定値と、対象林分から西に約5kmにある京都地方気象台による降水量記録を用いた。落葉広葉樹林については林冠上における日射量の観測値に相対日射率を乗ずることによって推定した林床面における日射量と、対象林分内にある露場における降水量測定値を用いた。予測対象とした期問と期間中の降水量は、混交林で1994年6月~1995年8月、1,680mm、落葉広葉樹林は1990年6月~1991年5月、1,760mmであった。
クヌギ落葉の含水率が20%を超える場合には燃焼しないことが実験的に求められている。そこで林野火災発生危険度判定のしきい値を含水率20%とする。含水率が20%以下まで乾燥する日数の割合を図-1に示す。それによると混交林、落葉広葉樹林ともに2~4月の期問が1年の中でも特に乾燥している日数が多かった。これは京都府南部、奈良県北部において林野火災が特に多発する時期とほぼ一致していた。それぞれの計算期間中における月別降水量を比較すると、特に12~2月が少なかった。また。2~4月の降水量は、落葉広葉樹林の計算期間内の方が少なかった。2~4月に落葉層が最も乾燥する原因は、太陽高度が高い時期であり、かつ落葉期であるために林床まで到達する日射量が多いためと考えられる。
混交林と落葉広葉樹林を比較すると落葉広葉樹林の方が乾燥する日数が多かった。2~4月にこの傾向は顕著であった。落葉広葉樹林の方が乾燥する原因には、両者の開空度の違いが指摘できる。落葉広葉樹林の開空度の方が着葉期、落葉期ともに大きい。そのため林床に達する日射量は年間を通じて落葉広葉樹林の方が多く、そのために落葉広葉樹林の落葉層のほうが、乾燥が促進されるものと考えられる。
混交林よりも落葉広葉樹林の方が、林野火災発生の危険性が高いと計算上では判定された。実際の森林での落葉層含水率の変動観測を行い、計算結果の検証を行う必要がある。
図-1 林床可燃物含水率が20%以下である日数が全日数に占める割合
実線:混交林 点線:落葉広葉樹二次林
深山貴文(防災研究室)
林野火災跡地では焼失した森林に代わり、二次遷移の初期過程においてワラビ群落が形成される場合がある。ワラビは成長が早く、早期に地表を被覆する特性を持つが、一般に草本植物の根系抗張力は低く、浅い土層に分布が集中して風化土層の滑落等を招きやすいため、ワラビについても根茎分布特性と抗張力について検討する必要があると考えられた。そこで今回、ワラビについてその根茎分布特性と抗張力について調べることとした。
京都市山科区にある林野火災跡地のワラビ群落において、ワラビ根茎の垂直分布調査、水平分布調査を行い、持ち帰った根茎について最大抗張力を測定した。根茎の垂直分布については、100cc採土円筒を用いて垂直方向に30cmの深さまで連続的に土壌を採取し、水洗で根茎を分離して乾燥させ、各土層に含まれる根茎の重量を求めた。水平分布については平均的な1個体について根茎全体を掘り上げ、分布の形態を調査した。一方、それらの根茎を実験室に持ち帰り、24時間浸水した後、20cmの長さの供試体とした。そして、供試体50本について抗張力測定器によって2cm/分の速度で荷重を加え、切断直前の最大抗張力を測定した。さらに切断面の根茎直径を測定し、根茎直径と最大抗張力の関係を求めた。
ワラビ根茎重量の垂直分布調査の結果を図-1に示す。ワラビ根茎は表層に少なく、多くは地上から5cm以上の深さに複層に分かれて分布していることが分かった。今回の調査では15~20cmの深度で一旦根茎が減少したが、再びそれ以下の深度で増加が認められた。水平分布については、林野火災から3年後の個体の根茎が直径2.5m以上の範囲に放射状に分岐しながら広く分布する様子が観察され、1個体の根茎の総延長は約16mであった。次に抗張力試験の結果を図-2に示す。根茎直径D(mm)と最大抗張力P(kg・f)の関係は、指数関数によって回帰され(P = 0.2414D1.8476 相関係数r = 0.842)、供試体の平均直径である直径6.70mmの根茎が9.26kgの最大抗張力を持つことがわかった。緑化工に多用されるトールフェスクの平均最大根茎抗張力は1.5kg・f未満であり、ワラビはこれより高い抗張力を持つと考えられる。
これらの結果から、当試験地のワラビ群落の地下部には抗張力の高いワラビ根茎がネットワーク状に発達しており、しかも比較的深い土壌に複層状に分布するため土壌との付着性も高く、分布密度によっては表層土層でワラビ根茎が複合的に土層の許容引張り応力度を高める可能性があると考えられた。
図-1 ワラビ深度別根茎分布
図-2 切断面直径と最大抗張力の関係
池田武文(樹病研究室)
樹木木部の水分通導組織(道管と仮道管)は根で吸収した水を葉まで運ぶパイブの役割をしている。このなかの水は連続した柱(水柱)となっている。蒸散によって葉の細胞から水が失われると、それを補うために水柱が引っぱりあげられる。ところが、引き上げる力が限界を超えると、水柱が途切れて水が通らなくなってしまう。この主な原因は、道管や仮道管の水柱に発生するキャビテーション(空洞形成)によっておこるエンボリズム(塞栓症)である。この現象が木部の一部で生じたときは、そこを迂回するように水は上昇するが、多くの箇所でエンボリズムがおこると、枝や根が枯れたり、個体が枯死することもある。以下に、樹木が受ける水ストレスの程度(水ポテンシャル)とエンボリズムによる水分通導機能消失の程度との関係を定量的に求める方法として考えられた空気注入法による"vulncrability curve"の作成方法を紹介する。
マツが水不足になると水ポテンシャルが低下し、仮道管内の水柱を引き上げる力が大きくなる。樹体内には様々な理由ですでに空洞化している部位が存在している。その部位とまだ空洞化していない仮道管との間の壁孔膜の微細な孔には、空気-水のメニスカスが形成されている。水を引き上げる力が限界以上(水ボテンシャルが限界以下)になると、メニスカスを形成している力関係が崩れる。そのため、すでに空洞化している仮道管から気泡が水で満たされた仮道管に引き込まれる。引き込まれた気泡は大きく広がり空洞が形成される(キャビテーション)。この現象を逆に考えると、切り出した試料(引っばりの力がかかっていない)の外から引っはりの力に相当する力を加えることで、人為的にキャビテーションを発生させる方法が空気注入法である。
空気注入法によってマツの当年生幹、1年生幹、根の"vulnerability curve"(図-1)を作成して各部位のキャビテーション感受性を求めた。全体的にみると2MPa以下では水分通導機能の喪失程度は10%以下で、3MPa以上になると急激に水分通導機能の喪失程度が上昇して、5MPaでほぼ木部の水分通導機能が失われた。さらに、水分通導機能が半分に低下する時の水ポテンシャル(mean cavitation pressure)は地上部に比べて根の方が小さかった。つまり、根では地上部に比べてより穏やかな水ストレス下でもキャビテーションが発生することがわかった。
図-1 樹体各部位のvulnerability curve
池田武文・高畑義啓(樹病研究室)
森林・林業苗畑・緑地などにおける病害の発生動向を全国規模で把握、解析するとともに、樹木病害の発生予察体制を確立するために、病害発生情報を全国統一様式の調査表によって関西支所管内各地から収集している。ここに最近4年間に寄せられた情報を取りまとめ、病害発生の傾向をさぐった。
全国統一様式の病害発生調査票を作成し、支所管内の営林署や府県の保護担当者に送付する。発見された病害については調査表に記入後、支所に送付してもらい、集計する。
平成6年から9年までに寄せられた病害発生情報を表-1に示した。この表に示された病害の多くは、苗畑や庭園木で発生した被害である。これらに加えてこの4年間で特筆すぺき森林被害としては、平成6年の夏の異常渇水を契機に主にスギで発生した集団枯損であった。この枯損には暗色枝枯病罹病との重大な関わりが認められた。さらに、福井県から島根県にいたる日本海側の地域ならびに滋賀県湖北地方で発生しているナラ類の集団枯損被害が深刻になった。
樹種 | 平成6年度 | 平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 |
ヒノキ | ならたけ病 | くもの巣病 | 根腐病 | とっくり病 |
微粒菌核病 | ||||
苗立枯病 | ||||
暗色枝枯病 | ||||
ヒポデルマ枝枯病 | ||||
漏脂病 | ||||
スギ | 褐色枝枯病 | 苗立枯病 | 軸枯病 | |
ペスタロチア病 | ||||
クロマツ | 葉ふるい病 | 赤斑葉枯病 | 赤斑葉枯病 | 赤斑葉枯病 |
葉ふるい病 | ||||
ニセアカシア | てんぐ巣病 | |||
シャリンバイ | さび病 | |||
ツツジ | 斑点病 | もち病 | ||
サクラ | 幼果菌核病 | 幼果菌核病 | ||
灰星病 | ||||
キリ | てんぐ巣病 | |||
サザンカ | もち病 | |||
イロハカエデ | 小黒点病 | |||
アオハダ | 黒紋病 | |||
レンゲツツジ | 黒紋病 | |||
サカキ | 白紋羽病 | |||
カナメモチ | ごま色斑点病 | |||
ツツジ | もち病 |
高畑義啓(樹病研究室)
ナラ類集団枯損による被害木、およびカシノナガキクイムシからは共通して、特定の糸状菌(未同定の不完全菌であるが、本報告では「ナラ菌」と仮称する)が分離されている。現在では、このナラ菌がナラ類を枯死させ集団枯損を引き起こしているのではないかと推測されている。そこで、(1)ナラ菌のナラ類に対する適切な接種試験方法の検討、(2)ナラ菌のナラ類に対する病原性の確認、を目的として行った接種試験の結果について報告する。
森林総合研究所関西支所構内の苗畑に植栽されたミズナラ4年生苗、コナラの4年生苗・7年生苗を接種試験に供した。接種には、東北支所樹病研究室長の伊藤進一郎氏より分譲されたナラ菌1菌株を米ぬか・フスマ培地中で23℃、約40日間培養したものを用いた。
接種区としては、1) 段違いに半周ずつ環状剥皮し、その上下に径5mmのドリルで深さ5mmの穴を4箇所ずつ開け、剥皮部とドリル穴に接種源をつめる、2) 1と同様に段違いに半周ずつ環状剥皮し、その上下に内径5mmのポンチにより10mm間隔で形成層まで達する穴を開け、剥皮部とポンチ穴に接種源をつめる、3) 1と同様に段違いに半周ずつ環状剥皮し、剥皮部に接種源をつめる、の各処理を行い、対照区としては、4) 1と同様に環状剥皮を行い、接種源をつめない、5) 2と同様に剥皮・ポンチ穿孔を行い、接種源をつめない、6) 3と同様に環状剥皮・ドリルによる穿孔を行い、接種源をつめない、7)何の処理も行わない、の7種の処理を行った。接種は7月末から8月上旬の間に行い、その後の経過を観察した。各処理における供試本数などについては表-1に示した。
供試苗のうち枯死したものの本数を表-1に示した。7月末から8月上旬の間に接種を行ったところ、約2週間後から枯死が観察され始め、12月までにナラ菌を接種した87本のうち29本が枯死した。ミズナラとコナラの間に顕著な枯死率の差は見られなかった。枯死木からはほとんどの場合ナラ菌が分離された。このことはナラ菌がミズナラ、コナラに対し病原性を持つことを示唆している。枯死が観察されたのは環状剥皮部およびポンチによる剥皮部にナラ菌を接種した処理区の苗がほとんどであった。したがって、苗木に対するナラ菌の接種法としてはこの方法が最も有効と推察された。
ナラ類集団枯損については、カシノナガキクイムシが病原菌のベクターとなっていると推定されている。環状剥皮を含む接種方法は一見樹体に対する負荷が大きすぎるように見えるが、カシノナガキクイムシが樹体中で縦横に孔道を掘り進むこと、および野外でナラ類に穿孔するカシノナガキクイムシの個体数の多さから考えて、必ずしも不適切な接種方法とは思われない。しかし最近の研究では、成木を用いた接種試験においてドリルによる穿孔部に接種源をつめただけで枯損を再現したとの報告もあり、苗木を用いた接種試験においても、さらに手法を検討する必要があると考えられる。また、環状剥皮とポンチによる穿孔をしてナラ菌を接種した区においても枯死率は50%程度であり、ナラ類が枯死していく過程の研究のためには、さらに枯死率の高い接種方法を開発する必要がある。
ミズナラ(4年生) | コナラ(4年生) | コナラ(7年生) | |||||||
供試本数 | 枯死本数 | 平均地際径(cm) | 供試本数 | 枯死本数 | 平均地際径(cm) | 供試本数 | 枯死本数 | 平均地際径(cm) | |
環状剥皮して菌を接種 | 10 | 0 | 2.7 | 20 | 0 | 2.2 | |||
環状剥度・ポンチによる穿孔を行い菌を接種 | 25 | 16 | 2.6 | 25 | 12 | 2.1 | |||
環状剥度・ドリルによる穿孔を行い菌を接種 | 7 | 1 | 2.5 | 10 | 0 | 5.0 | |||
無処理 | 5 | 0 | 2.4 | 5 | 1 | 2.1 | 3 | 0 | 4.3 |
環状剥皮 | 5 | 0 | 2.7 | 5 | 0 | 2.2 | |||
環状剥皮+ポンチ穿孔 | 5 | 0 | 2.3 | 5 | 0 | 2.1 | |||
環状剥皮+ドリル穿孔 | 3 | 0 | 2.5 | 3 | 0 | 4.3 |
浦野忠久・藤田和幸・上田明良(昆虫研究室)
ヨゴオナガコマユバチ(Doryctes yogoi Watanabe)は、スギカミキリの主要な寄生バチである。1990~92年の調査では、スギカミキリ孵化幼虫接種丸太に対して60~80%と高い寄生率を示し、有効な防除手段となる可能性がある。これまで野外において5月から8月にかけて年2回の成虫の羽化脱出が認められているが、越冬生態に関しては不明で、本種の生活史に関する詳細は知られていなかった。そこで本種の野外での生活史を明らかにすることを目的として、丸太放置試験を行った。
ヨゴオナガコマユバチは、スギカミキリとともにスギ・ヒノキの主要な穿孔虫であるヒメスギカミキリに対しても寄生を行う。ヒメスギカミキリは野外における増殖がきわめて容易であるため、今回はヒノキ丸太に穿入させたヒメスギカミキリ幼虫を寄主とした。まず1997年4月中旬に関西支所実験林内でヒノキ立木を伐倒、長さ1.5mに玉切りしたものを林内放置し、ヒメスギカミキリに産卵させた。5月下旬に供試丸太15本を実験林内の生立木に1本ずつ立てかけ、ハチに寄生させた。これらを6月上旬から8月上旬まで5回に分け、3本ずつ回収して剥皮調査を行った。ヒメスギカミキリ幼虫は7~8月に樹皮下での摂食活動を終え、蛹化のために材内へ穿入する。これら材入幼虫に関してはハチによる寄生がほぼ不可能となるため、7~8月に羽化脱出するヨゴオナガコマユバチが産卵するための寄主を用意する必要がある。そこで3本のヒメスギカミキリ穿入丸太を5月下旬から7月下旬にかけて5℃一定で保存して幼虫の発育を止め、それを8月下旬まで1ヵ月間実験林内に放置し、ヨゴオナガコマユバチに寄生させた。
実験の結果得られた発育ステージの推移を図-1に示す。ヨゴオナガコマユバチの発育ステージは、6月下旬までは卵および摂食幼虫が多かったが、7月上旬には摂食終了後の個体(繭内の幼虫)が大半を占めるようになり、羽化脱出を終えた個体(空の繭)も認められた。しかしここまでの回収丸太には休眠個体は認められなかった。7月下旬および8月上旬には羽化率は60%を越えたが、一方で新たな摂食幼虫が認められた。また営繭後の幼虫の一部に休眠個体が出現した。これらの摂食幼虫および休眠個体は、7月上旬から羽化脱出を開始したヨゴオナガコマユバチが供試丸太内のヒメスギカミキリに再度寄生を行ったために生じた次世代幼虫と考えられる。低温保存した丸太は7月下旬に実験林内へ搬入したため、これに対する寄生はほとんどが7~8月に羽化脱出した成虫によるものと推定される。
この丸太の樹皮下に存在したヨゴオナガコマユバチは約30%が羽化脱出したが、残りはすべて越冬休眠に入った。以上の結果からヨゴオナガコマユバチの越冬は休眠をともなうものであり、繭内の幼虫のステージで行われること、また本種の野外における世代経過は、概ね年2世代であることが明らかとなった。
図-1 ヨゴオナガコマユバチ各発育ステージの推移
(グラフ内の数字は全体に占める休眠個体の割合(%)を示す.なお8月26日回収丸太は供試前に5℃一定で保存した.)
藤田和幸(昆虫研究室)
スギカミキリはスギ、ヒノキの穿孔性害虫として知られるが、加害前に先行した木の衰弱があったかどうかはさておき、生きた木のみを加害し、枯死にいたる確率が高いことで最も重要視されている。スギカミキリの幼虫は、孵化後外樹皮を水平方向に食い進む。この初期段階での樹脂分泌がスギカミキリの主要な死亡要因となっている。生き残った個体はやがて内樹皮と材表面を食い進む。これまでの常識として、この段階でスギでは垂直方向に食い進む場合が多いが、ヒノキでは環状に食い進む場合が多い(柴田、1994)とされている。そうした食い進み方の違いの結果として、ヒノキでは比較的少量の加害でも、枯死する確率が高いおそれがある。その反面、スギ林ではある木が枯死するまでに多くのスギカミキリを養い、その積み重ねによって林全体でスギカミキリが大発生し、ひいては周辺の林の被害の温床にもなりうるが、ヒノキ林で少数の加害によってヒノキが枯死するのであれば、スギカミキリは比較的低密度で推移し、それだけに周辺の林分へ被害を及ぼす可能性は薄くなる。
このところ、各地でヒノキの枯れを耳にする機会が多くなった。統計によれば国内のヒノキの造林面積は1971年までは増加し、その後は減少しており、目につく確率が単純に増加したという要因もあるだろう。そのなかで、スギカミキリの加害が見られるケースもあり、伊藤(未発表)が京都府内で枯れたヒノキの調査をした際にも、枯死木すべてに脱出孔が見つかった。しかし、脱出孔数は以前本所千代田試験地のスギ林調査(藤田ら、1991)や他のスギでの調査例に見られる傾向よりは少なかった。
1996年6月奈良市内のヒノキ林から、枯死木1本を持ち帰り、樹幹解析を行った。植栽後50年程度を経ており、樹高は20m以上であった。その結果、地際あたりには、常識に述べられているような、スギカミキリによる環状の食い痕が2個あって、いずれも成虫の脱出までつながっていた。ところが、10m以上の部分はまったく様相が異なっていて、垂直方向の食い痕が多く、スギでの被害で頻繁に見られるハチカミも生じていた。1本だけの調査であるが、この林のヒノキがかなり枯死しており、それらでもスギカミキリが繁殖している可能性は高い。そうだとすれば、スギの激害若齢林でみられる被害(たとえば、藤田ら、1991)が、ヒノキの高齢林の地上10m以上の部分で再現されており、スギカミキリ個体群の密度は高くなっていることから、周辺のスギ・ヒノキ林の被害発生源になる危険がある。
1998年春に関西支所構内で、前年枯死木、当年枯死木、各1本のヒノキ(約17年生)を伐倒し、樹幹解析を行った。後者では外見計6個の成虫脱出孔やハチカミ症状が見られた。ヒノキ特有の環状に食い進む傾向があって、比較的少数の個体の摂食で枯死したと考えられた。一方前者では、外見からは、まったくスギカミキリ被害を確認できなかった。しかし、1頭のみ蛹まで成長し、他は幼虫期に天敵等により死亡していたが、その間にかなりの加害が見られ、スギカミキリの摂食が致死的に作用したと考えられた。各地で見られるヒノキの枯死に関して、ヒノキの場合、この調査木のように、スギカミキリの食害の有無、その規模が外見では確認できにくいので、注意を要すると考えられた。
脱出孔がみつかった枯死木は、スギカミキリの加害が致命的なダメージを与えているケースが多いと考えられる。ただ、伊藤の調査例の場合も含めて、加害以外の主に加害に先行する要因をどれくらい評価するかによって、スギカミキリの量的評価は決まるが、このような評価法を確立する必要がある。
日野輝明・島田卓哉(鳥獣研究室)
伊東宏樹(造林研究室)
古澤仁美(土壌研究室)
高畑義啓(樹病研究室)
上田明良(昆虫研究室)
伊藤雅道(木曽試験地)
森林内の樹木の実生の生存や成長には、草食者のシカやネズミ、植食性昆虫とそれを捕食する鳥、光や土壌養分をめぐる競争者のササ、寄生者の病原菌や菌根菌など、さまざまな生物との相互作用が関わっている。これらのそれぞれの要因が、いつ、どのようにして、どの程度、実生の生存や成長に影響を及ぼしているか、またその結果もたらされる下層植物群落の構造変化にともなって、土壌の性質、地表及び地下性の動物組成、菌等の発生がどのように変化するかを調べるために、操作実験に基づく長期モニタリング調査を大台ヶ原の針広混交林内で開始した。
本報告では、(1)シカとネズミの除去がササの現存量に及ぼす影響、(2)シカ、ネズミ、ササの除去が樹木実生の死亡率に及ぼす影響、(3)シカとササの除去が土壌の化学的性質に及ぼす影響の3点について、実験開始後3ヶ月のあいだにみられた初期段階の変化の様子を報告する。
5月にシカ(D)とネズミ(M)の除去区の囲いの閉鎖およびササ(S)の刈り取りを行い、各要因の「あり(1)」と「なし(0)」の組み合わせにより9とおりの調査区を5カ所設置した。ただし、ネズミの除去が結果的にシカの除去の働きもしていたため、「シカありネズミなし(D1MO)」の処理区を設置することはできなかった。各処理区内にlm四方の樹木実生調査プロットを設置し、全個体についての生残追跡調査を定期的に4回行った。ササは10月にシカの有無とネズミの有無の組み合わせからなる4通りの各処理区において、6サンプルずつ(半径10cmの円)刈り取って持ち帰り、乾燥重量、稈密度、稈長、葉長、枝数、葉数を調べた。またシカの有無とササの有無の組み合わせからなる4通りの各処理区において、5月下旬と10月下旬に表層土壌を3サンプルずつ採集して持ち帰り、水抽出後イオンクロマトグラフィーを用いて水溶性イオン(Cl-, NO2-, NO3-, SO42-, PO43-, K+, NH4+, Mg2+, Ca2+)の濃度を測定した。
シカの実験的除去が処理区内のササの稈長、葉長、枝あたりの葉数を増加させたのに対して、ネズミの除去はササの稈密度を増加させた。処理区間でみられたこの除去効果の達いは、シカがササの枝葉部分を食害したのに対して、ネズミが新生稈を食害した結果だと推測できる(ただし、ネズミによるササの食害については胃内容分析等による裏付け調査が必要である)。このような採食部位の違いの結果、ササ全体のバイオマス(乾燥重量)に及ぼす影響は、ネズミの食害による効果のほうが大きかった。またシカとネズミによるどちらの食害に対しても、ササは補償的な作用として枝数を増加させた。
シカとネズミとササのどの要因の存在もそれぞれ単独で、広葉樹実生の初期死亡率(8月下旬時点)に有意な増加をもたらしたが、針葉樹実生に対しては影響を与えていなかった。樹種間のこの違いは、動物が餌として広葉樹のほうを好むこと、またササによる被圧に対して針葉樹のほうが耐陰性が高いことで説明できるだろう。さらに、除去処理の組み合わせの解析から、ネズミはササが存在する場合には広葉樹実生に対する食害を減少させることが分かった。これはネズミにとって利用可能な餌}ltが増えた結果だと考えることができる。
分析した表層土壌中の水溶性イオンのうちNO3-、Mg2+、Ca2+の濃度において、ササ刈り取り区で有意な増加が認められた。この理由として、ササによる養分吸収の減少、および地温上昇による落葉層の分解促進が考えられた。ササが土壌の化学的性質に及ぼすこのような効果が、ササによる広葉樹の実生の死亡率増加にどの程度影響を及ぼしているかを、今後定量的に明らかにする必要がある。
図-1 シカ(D)とネズミ(M)の有(1)無(0)がササの稈長、葉長、枝あたりの葉数、稈密度、乾燥重量、枝数に及ぼす影響(縦線は標準誤差).
図-2 シカ(D)とネズミ(M)とササ(S)の有(1)無(0)が落葉広葉樹と常緑針葉樹の実生の初期死亡に及ぼす影響.
* D1M0S0とD1M0S1の値は、データが得られなかったため、シカとネズミの間には相互作用がない、効果は相加的に働くと仮定して求めた推定値.
図-3 シカ(D)とササ(S)の有(1)無(0)が土壌中のNO3-濃度に及ぼす影響.
Copyright © Forest Research and Management Organization. All rights reserved.