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金子真司(森林環境研究グループ)
かつて、我が国では炭薪や堆肥作りに使用する落ち葉など日々の生活に必要な様々なものを里山林から得ていた。しかし第2次世界大戦後、化石燃料や化学肥料の普及、高度経済成長にともなう社会構造の変化によって里山林の利用は急激に減少した。この結果、放置里山林が増加し、植生の遷移、里山林に特有の種の絶滅、景観の悪化などが問題となっている。そのため、里山林を昔の状態に戻そうとする取り組みが全国各地で行われている。現在利用されている里山林はわずかであるが、再生可能な資源であることから里山林の利用拡大が期待されている。利用に際して注意しなければならないことは、森林伐採に伴う土壌浸食や地力低下である。人類の歴史を振り返ると、多くの文明が都市周辺の森林を失ったことによって土壌浸食が起こり、そのために衰退していったといわれている。里山林を利用した従来の社会システムは一般に循環型社会の典型とみられているが、以下に述べるように江戸時代から明治時代にかけての里山林では土壌浸食や地力低下が深刻な状況にあったと推測される。土壌劣化の影響は現在の里山林の環境保全機能に影響している。ところで、現在の里山林は酸性降下物や地球温暖化等の地球規模の環境変動の影響を受けている。里山林の利用においてはこの点も考慮すべきである。そこで、まず明治時代の里山林の利用について説明を行い、次に酸性降下物の一つである窒素化合物の流入量の増加の影響について説明する。
明治の初期、近畿地域の里山地帯には多くの`はげ山'が存在していた。これらのはげ山は花崗岩の風化物という侵食されやすい地質に加え、江戸時代になって森林が過度に利用された結果、形成されたことが明らかになっている。森林が過度に利用された背景には、人口増加によって薪炭林の需要が増加したことや、堆肥用の有機物資材が不足したことが関係している。そのため、はげ山化しなかった森林においても有機物の搾取が激しかったと想像される。実際、最近の研究から明治時代の里山林が樹高が低く藪に近い状態であったことが明らかにされている。このように森林では土壌の養分や有機物の消耗、さらには土壌の侵食の程度も大きく、里山林の環境保全機能は低かったと推定される。現在の里山林では、植生は回復し、樹高も高くなっている。しかし、土壌の回復には時間がかかるので、里山林の土壌は環境保全機能が低いと推定される。特にはげ山であった所では土壌が未熟なために環境保全機能が著しく低いと予想される。
北欧や北米では酸性降下物の原因物質の一つである硫黄酸化物の排出が大幅に削減された結果、酸性雨の被害は改善されつつある。しかし硫黄酸化物とともに酸性雨の原因となる窒素化合物は、自動車台数の増加や化学肥料の使用量の拡大などの影響で、地球上の循環量が増大傾向にある。このため大気から森林に流入する窒素化合物量が増加し、従来は窒素不足であった森林生態系が窒素過剰になることが懸念されている。里山地帯は市街地や農耕地に近いために窒素化合物の流入が多いと推定される。さらには劣化した土壌は窒素化合物を保持する容量が小さいことから、窒素飽和になりやすいと考えられる。特にはげ山であったところでは土壌が未熟でその影響を受けやすいと推定される。そこで、はげ山緑化によって成立した落葉広葉樹二次林(京都府相楽郡山城町山城試験地)において、降雨および渓流水中の窒素化合物の濃度および流入・流出量の調査を行った(2000年8月~2001年8月)。その結果、調査地の降雨中の窒素化合物(アンモニアイオン+硝酸イオン)の濃度および流入量は他の森林地域と同程度であり大きな違いはみられなかった。しかし、渓流水に含まれる窒素は大半が硝酸イオンであり、その濃度はわが国の他の地域の渓流に比べて高かった。流入する窒素(アンモニアイオン+硝酸イオン)と流出する窒素(硝酸イオン)は約6.0kg/ha/yrとほぼ等しかった。北欧や北米における調査から、窒素化合物の流入量の少ない非汚染地域の森林から流出する渓流は硝酸濃度が低く、窒素流出量もごくわずかであるのに対して、窒素の負荷量が大きい森林から流出する渓流では硝酸濃度が高く、流入量が大きいと報告されている。山城試験地では窒素の流入と流出が同程度であるが、北欧や北米の汚染地域に比べると窒素負荷量はあまり大きくない。山城試験地の土壌は花崗岩の風化物であるマサを母材とした砂質土壌であり、土壌厚も平均50cm未満と薄い上に、有機物含量も少ない。そのため土壌で発生した硝酸イオンは土壌に保持されにくいために流出しやすい傾向にあると推察される。今後、流域における窒素化合物の収支の調査を継続するとともに、森林生態系における窒素の循環量の調査も行い、窒素の流出が多い原因を明らかにしていく必要がある。
玉井幸治・小南裕志・深山貴文(森林環境研究グル-プ)
1999年に森林総合研究所フラックス観測ネットワークが設立されて以来、山城試験地では里山林のCO2吸収量に関する研究・観測が行われています。この試験地の特徴は、次の2点に集約されます。まず第1には、比高数10mの尾根・沢地形が連続する「複雑地形」であること。第2には、地上部現存量のモニタリングが行われていることです。
試験地は京都府相楽郡山城町の、集水面積1.6haの山地小流域(34°47'N、135°50'E、標高180~250m)に設定されています。年平均気温は15.5℃、温かさの指数は125.6℃・month、平均年降水量は1,449.1mmです。試験地を含む周辺林地は、荒廃地復旧のため明治時代に緑化工事が行われた歴史のある広葉樹二次林です。試験地内での最大標高差は70mと、均一な地形とは言い難いのですが、このような起伏のある地形が、北と東方向には5km以上、西方向には2km程度、南方向には3km程度続いています。
また、当試験地では1994年以来、胸高直径3cm以上の樹木を対象とした毎木調査を行っており、他の調査結果とも併せて、樹体に貯えられている炭素量や、その変動量についても調査を行っています(後藤ら、2003)。この方法の利点は、樹体に貯えられている炭素量を実際に測定するので、比較的正確な値であるといえます。しかしこの方法では、現在の蓄積量を評価することはできますが、現在の吸収量を評価することはできません。このように里山林のCO2吸収量を評価する方法はいくつか考えられますが、いずれも一長一短あります。一つの方法のみで正確にCO2吸収量を評価することはできません。いくつかの方法による値を比較することにより、複雑地形上に位置する里山林のCO2収支や動態を明らかにできると期待されます。
当試験地では、乱流変動法による観測と併せて、チャンバー法による光合成量(Miyama et al,2003)と土壌呼吸量(Nobuhiro et al,2003)の測定が連続して行われており、これらによる結果と、乱流変動法による観測結果を比較することにより、複雑地形上の森林におけるCO2の移動特性が明らかにされつつあります(Kominami et al,2003)。乱流変動法というのは、大気と森林の間におけるCO2の移動量を測定するために、世界中で標準的に使われている方法です。具体的には、森林の樹冠よりも高い位置でCO2濃度と風速の垂直成分とを10~20Hzの頻度で計測し、両者の積を積算していくという方法です。この方法の利点は、広範囲な森林の平均的なCO2吸収量の変動を1時間よりも短い間隔で測定できるので、日変化などの細かな変動を把握することができることです。しかし、この方法は平坦な地形に生えている均一な森林を対象に開発された方法であるため、「複雑地形」にある山城試験地の里山林のCO2吸収量を乱流変動法単独で評価することは困難です。一方「チャンバー法」は、葉や土壌を「チャンバー」とよばれるガラス等の箱で覆ってやり(図-1)、内部のCO2変化量から、葉や土壌からのCO2吸収・放出量を調べる方法です。この方法の長所は、森林内部におけるCO2の移動量がわかることです。しかし、これらの値はバラつきが大きいので、平均的な値を得ることは難しいという欠点があります。
図-1 森林土壌から放出されるCO2を測定するためのチャンバー
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