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更新日:2018年3月13日

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プレスリリース

2018年3月13日

京都大学
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所

ツンドラの生態系でも硝酸イオンは大切な窒素源だった ―最先端の測定技術で「見えない」硝酸イオンの重要性を検証―

概要

京都大学生態学研究センター 木庭啓介 教授、情報学研究科 小山里奈 准教授、天津大学 XueYan Liu 教授、森林研究・整備機構森林総合研究所四国支所の稲垣善之 主任研究員、酪農学園大学の保原 達 教授らの研究グループは、硝酸イオンの窒素酸素安定同位体測定技術を使って、ツンドラ植物にとっての硝酸イオンの重要性を明らかにしました。ツンドラ土壌では硝酸イオンは生成されず、植物にとって重要ではないと長年考えられてきました。しかし本研究では最新の濃度・同位体比測定技術を駆使して、温帯などの植物と同様に、土壌中の硝酸イオンがツンドラ植物にとって重要な窒素源であることを明らかにしました。
本研究成果は、2018年3月14日に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)でオンライン掲載されました。 

北アラスカに広がるツンドラ生態系の写真

北アラスカに広がるツンドラ生態系(Moist acidic tundra、アラスカ大学Toolik Field Station近く)。低温など厳しい環境であるため、植物が利用できる窒素は極めて少なく、植物の成長速度は極めて低い。大量の蚊に囲まれながらの作業のため、特別な服(bug-shirts)を着ての野外調査となる。写真に写っているのは酪農学園大 保原教授。(提供:木庭啓介)

1. 背景

ツンドラ生態系は極地域に広がる生態系で巨大な炭素貯蔵の場であり、今後の気候変動によって有機物として貯蔵されている炭素が二酸化炭素などのガスに変化して大気へ戻ってしまうのかどうかを予測することが重要です。陸上生態系の炭素固定は植物の光合成によって行われますが、この光合成は植物への窒素供給速度によって左右されると考えられています。つまり、陸上生態系の炭素の動きを理解し予測するには、窒素がどのように利用され、分解され、生態系から失われるかを理解することが極めて重要になります。
このツンドラ生態系は植物や微生物が利用できる窒素が特に少ない生態系として知られており、どんな形態の窒素を植物は利用できるか、つまり植物の窒素源はどの形態の窒素か、について研究が行われてきました。植物が利用できる窒素はアンモニウムイオン(NH4+)や硝酸イオン(NO3-)と古くから考えられてきましたが、90年代に溶存有機態窒素(DON)が重要な窒素源であることがツンドラ生態系での研究で明らかになりました(Chapin et al. 1993, Nature)。この大きな発見もあって、植物の窒素源判定に関する研究はその後DONとNH4+に集中し、もう一つの窒素源であるはずのNO3-については、特にツンドラ生態系では注目されることはほとんどありませんでした。その理由として、そもそも土壌微生物によるNO3-の生成(硝化)がツンドラでは起きないだろうと考えられていたことが挙げられます。低いpH、低温、微生物の高い窒素要求性などを考えると、土壌が分解されDONとなり、さらに無機化されてNH4+になったとしても、NO3-が生成されることはなく、そのため植物によるNO3-吸収同化も、さらにNO3-の流出や、脱窒によるガス態窒素としての損失は起こらないだろうと考えられてきました(図1)。
しかし、一方で矛盾していると思われる点もありました

  • 15N(重窒素)でラベルされたNO3-を野外で与えると、ツンドラ植物も他の窒素と同じくらいNO3-を吸収することがわかっています(McKane et al. 2002, Nature)。
  • NO3-を利用しているときに発揮される植物の硝酸還元酵素活性(NRA)が、NO3-がないとされるツンドラの植物にも認められます(Nadelhoffer et al. 1996, Oecologia)。
  • モデル計算で異なる窒素源の重要性を検討すると、ツンドラ生態系ではNO3-は他の窒素源と同じくらい利用されやすいという結果になります(Leadley et al. 1997, Ecological Monograph)。
  • 長年にわたりツンドラ生態系に窒素を大量に施肥した実験では、不思議なことに生態系に窒素が蓄積していなかったことがわかりました(Mack et al. 2004, Nature)。施肥した大量の窒素が利用されずに水に溶けて流出したという明確な証拠はなく、脱窒によりガス態窒素として失われた可能性があります。しかし、脱窒によって窒素が失われるときにはまず窒素の形態がNO3-になっていることが必要であり、そのNO3-はツンドラ土壌ではほとんど生成されていないはずです。

この矛盾を解くことは、窒素循環の根本的な理解、そしてツンドラ生態系の気候変動への応答を理解するために重要な知見を与えると考えられます。

2. 研究手法・成果

そこで、『実はツンドラ生態系ではNO3-も重要な窒素源ではないか?土壌中でNO3-は生成されると同時に消費されているだけで「見えない」だけではないか?』という仮説を立て、この検証を下記のように行いました。

検証1 様々なツンドラ生態系でNRAを測定する:NRAがあればNO3-吸収・同化を行っている
検証2 既存の手法よりも高感度でNO3-濃度を検出できる脱窒菌法(NO3-を特殊なバクテリアを用いて一酸化二窒素ガスに変換し測定する方法)を用いて、ツンドラ植物体(葉、根)のNO3-濃度を測定する:NO3-が検出されれば、NO3-を吸収している
検証3 検証2で検出されたNO3-について、さらに15Nおよび18O自然存在比を脱窒菌法を用いて測定する:土壌NO3-よりも15Nや18Oが濃縮していれば、体内に残されたNO3-はたまたま吸収して体内にあっただけでなく、吸収のあと同化を受けている、つまり本当にNO3-が使われている

このような測定はほとんどこれまで例がないため、ツンドラ植物のデータだけを見てもNO3-の重要性を知ることは困難です。そのため、本研究では、NO3-の重要性が高いと考えられる、より温暖な生態系とのデータ比較によりツンドラでのNO3-の重要性を間接的に議論することとしました。結果は下記の通りでした。

検証1結果:アラスカツンドラのいろいろな生態系における植物のNRAは他の生態系と同等に発揮されていました=ツンドラでもNO3-が植物に使われていることを示唆するものです。
検証2結果:他の生態系と比較すると低い濃度ではあるがツンドラ植物体内にNO3-は存在していました=ツンドラ植物もNO3-を吸収していたことが明らかになりました。特にツンドラ植物の一種(Polygonum bistorta)は、NO3-がないとされるツンドラでも、温帯の植物と同等かそれ以上に高いNRAとNO3-濃度を持っていることも明らかになりました。
検証3結果:他の生態系と同様に、ツンドラ植物体中のNO3-には、土壌中のNO3-と比較して15Nと18Oが濃縮していました=ツンドラ植物はNO3-を吸収、そして同化していることが明らかになりました。
この結果を議論する際には、土壌NO3-を同化していなくても、18Oに富む降水由来のNO3-を吸収していると18Oが濃縮しているようにみえる可能性に注意しなければなりません。そこでもう一つの酸素の同位体である17Oが通常よりもどれくらい特異的に濃縮しているか(酸素同位体異常)を測ることで、降水NO3-が体内にどれだけあるかの試算を行いました。温帯、亜熱帯では降水NO3-が植物体内NO3-に混入していましたが、P. bistorta 体内のNO3-については、この酸素同位体異常は認められませんでした。このことは、P. bistorta は土壌由来のNO3-を吸収同化していることを示しています。つまりは、土壌中でのNO3-生成(硝化)があり、その硝化で生成されたNO3-をツンドラ植物が吸収同化(つまりは利用)しているという、2つのこれまで無視されてきた生態系の機能が明らかになったということになります(図2)。

最後に、ここまでたしかにNO3-の重要性について示してきましたが、一体どれだけ重要なのか、ということに対しては答えられていません。そこで、植物の15N自然存在比が窒素源の15N自然存在比によって決まるということを利用して、土壌中のDON、NH4+そしてNO3-15N自然存在比と植物の15N自然存在比を比較し、混合モデルを用いて、NO3-がどれだけ貢献しているかを推定しました。いろいろな前提条件で計算しましたが、植物の窒素の4~52%がNO3-によるものという推定結果になりました。この結果からも、ツンドラ植物にとって見えないNO3-が実は重要な窒素源であったことが示唆されることとなりました。

 

通常の陸上生態系とツンドラ生態系の窒素循環の図

図1:これまで考えられてきた通常の陸上生態系とツンドラ生態系の窒素循環

本研究で明らかになったツンドラ生態系の窒素循環の図

図2:本研究で明らかになったツンドラ生態系の窒素循環

3. 波及効果、今後の予定

これまで無視されてきたNO3-が実は重要であり、「見えなかった」NO3-があるという事実は、我々が描く窒素循環像を根本的に考え直す必要を迫るものです。そして炭素固定が今後どうなってゆくかという大きな問題に対して、その背後で重要な役割をしている窒素の動きを再度検討しなければならないということを意味しています。また、「どうしてツンドラ生態系に15年も大量に添加した窒素がなくなってしまっているのか」という先行研究の謎は、これまで無視されていたNO3-が鍵となり、脱窒による損失が起きていることで解ける可能性があります(図2)。今後は物質の動きを同位体などの手法を用いて追跡するだけでなく、植物や微生物の応答の方からも物質のやりとりを見ることで、今まで見えなかった生物と環境の間での窒素のやりとり、その結果の窒素循環というものがより深く理解できるようになると期待されます。

4. 研究プロジェクトについて

本研究は最先端・次世代研究支援プログラム(GS008)住友財団助成、科学研究補助金(26252020, 26550004, 17H06297、P09316)、京都大学後援会(現 公益財団法人京都大学教育研究振興財団)などからの支援を受けたものです。

論文タイトルと著者

タイトル:Nitrate is an important nitrogen source for Arctic tundra plants

著者:XueYan Liu, 木庭啓介, 小山里奈, Sarah E. Hobbie, Marissa S. Weiss, 稲垣善之, Gaius R. Shaver, Anne E. Giblin, 保原 達, Knute J. Nadelhoffer, Martin Sommerkorn, Edward B. Rastetter, George W. Kling, James A. Laundre, Yuriko Yano, 眞壁明子, 矢野 翠, CongQiang Liu

掲載誌:米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America; PNAS)(外部サイトへリンク) 3月14日発行

 

 

 

お問い合わせ先

(研究に関すること)
木庭啓介 京都大学生態学研究センター・教授
FAX:077-549-8254
E-mail:keikoba@ecology.kyoto-u.ac.jp

稲垣善之 国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 四国支所・主任研究員

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国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 企画部 広報普及科
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