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プレスリリース

2022年4月12日

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所

保護区外での生物の保全の考え方を提示
―農林業をしながら生物多様性を効果的に保全するために―

ポイント

  • 移動分散する生物を保全するためには自然保護区を設定するだけでなく、その周辺の環境も改善すべきと提唱されていますが、理論的裏付けの乏しい状況が続いていました
  • そこで、保護区、改善された周辺環境、改善されていない周辺環境を含む地域内で、生物集団の増減を効率的にモデル化する方法を世界で初めて開発しました
  • 保護区外への移出しやすさよりも、保護区外を移動する際の生存率を高めることが、生物集団の保全には重要であることをモデルから示しました。
  • 保護区外で生物の保全に配慮した農林業を行うなど、多様な立場の人が保全活動に参画することの重要性を示すものとして、生物多様性に対する理解が進むことが期待されます

概要

国⽴研究開発法⼈森林研究・整備機構森林総合研究所らの研究グループは、自然保護区外での生物の保全の考え方を同⼀種の個体の集団(個体群)のモデル開発により理論的に提⽰しました。
生物の保全においては、自然保護区の設定がこれまで重視されてきました。⼀方近年、生物の移動分散を考慮すると、保護区外の環境の改善も同等に重要だと提唱されるようになりました。しかし、保護区外では人工林や農地など多種多様な土地利用が行われており、こうした複雑な景観*1で生物の移動分散をモデル化するのが難しいことから、保護区外での保全活動について理論的な裏付けがなされてきませんでした。
そこで本研究では、複雑な景観における生物の出生、分散、死亡過程を理論的に解析するため、生物の移動を電子回路における電気の流れに見立てて空間を捉える集団モデルを世界で初めて開発しました。このモデルを用いて様々なシナリオで保護区外の周辺環境を改善した場合の効果をシミュレートしました。その結果、周辺環境は生物が保護区から移出しやすいように改善するよりも生物が移動する際の生存率を増加させるように改善する方が生物の保全により効果的であること、改善した周辺環境によって保護区同士を連結すると生物を保全する効果がさらに高まること、そして保護区の面積と周辺環境の改善面積の間に相乗効果が発生することを示すことができました。
これらシミュレーション結果は、保護区外の農林業を行うエリアも生物の保全にとって重要であり、そのために必要な配慮の考え方を示しています。農林業関係者など多様な主体が生物多様性の保全活動に参画することの重要性を示すものとして、社会における生物多様性の理解や保全意欲の向上につながることが期待されます。
本研究成果は、2022年2⽉22⽇にJournal of Applied Ecology誌でオンライン公開されました。

背景

持続可能な開発⽬標(SDGs)の達成には生物多様性の保全が不可欠です。古くから重視されてきた自然保護区の設立はそのための手段ですが、近年ではさらに、保護区の周辺で人間が利用している土地(マトリックス*2)の生態学的重要性も明らかになってきました。移動分散する生物の保全のためには保護区を設定するだけでなく、保護区外の環境も改善すべきであり、例えば人工林の階層構造を発達させて生物が保護区から移出しやすくすることなどが海外で提唱されています。
しかし、周辺環境の改善による生物多様性の保全効果については、理論的な裏付けが乏しい状況が続いてきました。なぜなら、保護区の周辺では様々な土地利用が行われており、生物が移動する際の障壁の程度が異なります。そのような込み入った景観で生物の多様な移動経路をモデル化するのが難しいことがその理由でした。

内容

そこで本研究では、保護区およびその周辺の環境を電⼦回路とみなし、生物の移動を電気の流れに見立てました。景観を格子状にセルに分割し、各セルに移動の障壁の程度に応じた「抵抗(電気の流れやすさ)」を割り当て、あるセルに存在する生物は抵抗が小さい(移動の障壁の程度が低い)方向へと移動すると仮定します。さらに各セルで発生する生物の移動中の死亡を、各セルから地面(アース)につないで電気を回路から逃すことに対応させます。このアイデアにより、複数の土地利用が混在する景観における生物の多様な移動経路や移動中の死亡リスクを電流マップとして効率的にモデル化し、保護区と改善された周辺環境の面積と配置を変化させた景観で(図1)、集団の増減をシミュレートしました。
その結果、周辺環境の改善で集団を増加させるためには、保護区から周辺環境への生物の移出しやすさよりも、周辺環境で生物が移動する際の生存率を⾼めることの⽅が重要であることが示されました(図2)。また、改善された周辺環境で保護区同⼠を連結させると集団の⽣存率がより高くなりました。さらに保護区自体の面積と改善された周辺環境の面積の間には相乗効果があることや、保護区拡大に要する経済的費用が高い場合には、周辺環境の改善の方が費用対効果は⾼いケースも示されました。
これらの結果は、保護区から周辺環境への生物の移出しやすさと移出後の生物の生存率は分けて考える必要があることを示します。そして生物が周辺環境を移動する際の生存率を高める取組み、例えば保護区外でのロードキルや人工構造物との衝突の防止、食物資源や隠れ家の提供などが重要であることを示します。林業では、人工林を伐採する際に広葉樹大径木や樹洞木などを伐らずに残す保持林業*3 や長伐期施業によって人工林の階層構造を発達させることが、食物資源や隠れ家を提供するための手段として挙げられます。また、周辺環境の改善を特に保護区の周囲で行なうことや、保護区の設立と保護区外の保全活動を同時に実施することの意義も大きいことが示されました。

図1 ある景観内において、集団の増減をシュミレートした例

図1.保護区と改善された周辺環境の⾯積と配置を変化させて作成した景観の例
ある景観内において保護区と改善された周辺環境の面積(景観に占める割合)、および配置(分断化の程度)を個別に変化させ、各景観で集団の増減をシミュレートしました。白抜きのセルは改善されていない環境(現実世界では集約的な人工林や農地などが想定されます)を示します。改善された周辺環境は、「当該環境への移動しやすさ」と「当該環境に移動した際の生存率」のいずれか、あるいは両方を向上するように設定しました。
左上の景観では、細かく分断化された保護区が改善された周辺環境によって連結されています。

 

図2 移動生存率増加量を示す図

図2.周辺環境の改善が集団の⽣存率に及ぼす影響
226,800通りのシミュレーションを行い、周辺環境の改善が集団の生存率に及ぼす影響を図化しました。保護区から周辺環境への移出しやすさ(移出率)と周辺環境の移動の際の生存率は、0.0(変化なし), 0.45, 0.90の3通りの値で増加させました。本図では移動の際の生存率に注目して結果を示しています(左列の移動生存率の増加量が0.0の場合、周辺環境への移出率は0.45と0.90の2通りで増加させていて、両方のケースを合わせて示しています)。正の値は周辺環境の改善により集団の生存率が上昇したこと、負の値は集団の生存率が減少したことを示します。変化量の主な値の範囲(中央50%)を長方形で示しています。長方形の中央の横棒は中央値を示しますが、保護区の分断化の程度が弱いとばらつきが小さく、データは0付近に集中しています。
(左)移動生存率の増加量が0、すなわち周辺環境への移動しやすさだけを増加させるように環境を改善し、かつ保護区が分断化されている景観では、改善された周辺環境が増えると集団の生存率はかえって減少してしまいました。(中、右)一方、周辺環境を移動する際の生存率を増加させると、改善された周辺環境の割合の増加にともなって集団の生存率は向上しました。

今後の展開

本研究の知見は、生物の保全には保護区外の農林業を行う地域も重要であり、そのための配慮の考え方を示すものです。今後は、農林業における有効な取り組みの検証、モデルを用いた効果の評価や保護区の設立との効果的な組み合わせ方を明らかにする必要があります。また、農林業で生物の保全に配慮することにより、いろいろな立場の人が生物多様性の保全活動に参画することになり、社会全体としての生物多様性の理解や保全意欲の向上につながることが期待されます。

論文

タイトル:From nature reserve to mosaic management: improving matrix survival, not permeability, benefits regional populations under habitat loss and fragmentation (自然保護区からモザイク管理へ:マトリックスの透過性ではなく生存率の改善は生息地の消失・分断化下で地域個体群に利益をもたらす)

著者:山浦悠⼀(森林総合研究所)、R. J. Fletcher(フロリダ大学)、S. J. Lade(ストックホルム大学)、比嘉基紀(高知⼤学)、D. Lindenmayer(オーストラリア国立大学)

掲載誌:Journal of Applied Ecology

論文URL:https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1365-2664.14122

研究費:文部科学省科学研究費補助金「16KK0176、18H04154、21H04946」など

共同研究機関

オーストラリア国立大学(オーストラリア)、フロリダ大学(アメリカ)、ストックホルム大学(スウェーデン)、高知大学

用語解説

*1 景観
流域や地域など、少なくとも⼆つ以上の土地利用が混在する⼀定の空間的範囲のことを指します。(元に戻る

*2 マトリックス
景観生態学や保全生物学では、⾃然環境や生物多様性の保全を主たる⽬的にしていないエリアのことを「マトリックス」と呼びます。「農地や人工林、都市などに土地が転換され、人間の生産活動に使用される場所」が該当します。(元に戻る

*3 保持林業
森林を伐採する際に、大径木や樹洞木などを残して生物多様性の保全を図る森林施業。日本の針葉樹人工林でも、混交する広葉樹を残すことで多様な生物の生息地を提供することが期待されます。(元に戻る

 

 

 

お問い合わせ

研究担当者:
森林総合研究所 四国支所 森林生態系変動研究グループ 主任研究員 山浦悠一 

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp


 

 

 

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