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プレスリリース

2022年5月25日

北海道大学
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所

過去166年間にわたる石狩平野の鳥類分布の変遷
~鳥類の個体数が約150万個体(70%)減少したと推定~

ポイント

  • 開拓期の古地図などから石狩平野の土地利用を復元し、過去166年間の鳥類分布の変遷を推定。
  • 森林や湿原を好む種が大きく減少した一方で、裸地や農地を好む種の個体数は増加。
  • 平野部の湿原や森林の保護・再生活動、耕作放棄地の保全上の重要性を示唆。

概要

北海道大学大学院農学研究院の中村太士教授及び同大学院農学院博士後期課程の北沢宗大氏、同博士前期課程の埴岡雅史氏(研究当時)と、北海道大学大学院地球環境科学研究院の先崎理之助教は、森林総合研究所の山浦悠一氏、大橋春香氏、小黒芳生氏、松井哲哉氏と共同で、明治時代以降、森林や湿原の農地への転換によって、石狩平野で繁殖する鳥類の個体数が約150万個体減少したと推定しました。
森林の伐採や湿原の埋め立てなど、自然生態系の転換は生物多様性への大きな脅威であると考えられています。特に農地は世界の陸上面積の30%近くを占めるため、自然生態系の大規模な農地への転換は、陸上の生物多様性に大きなインパクトを与えてきた可能性があります。しかしながら、北半球、特に農業の歴史が長い温帯の多くの地域では、1700年代までに自然生態系が大規模に農地へ転換されたため、生物多様性への詳細な影響(時期や規模)を定量化することは困難でした。
そこで本研究では、1860年代以降に大規模に農地が造成された北海道石狩平野に着目し、鳥類の個体数に与えた影響を定量化しました。開拓期の古地図などをデジタル化して四時期(開拓前・1900年・1950年・1985年)の土地利用図を復元し、研究グループが野外調査から求めた鳥類個体数密度をあてはめて、石狩平野の過去166年間の鳥類個体数の変遷を推定しました。その結果、1850年に石狩平野で繁殖していた約210万個体*1の鳥類は2016年にわずか60万個体まで減少したと推定されました。すなわち、鳥類の個体数は過去166年間で約70%減少したと推定されました。本研究結果は、大規模な土地利用の変化とそれに続く生物の減少が、北半球の広い地域で過去に生じていたことを示唆しています。
そして、平野部の湿原や森林の保護・再生活動が、かつて大きく数を減らした森林性・湿原性鳥類を保全する上で重要であると考えられます。また、各地で拡大している耕作放棄地(農業を中止した農地)が森林性・湿原性鳥類の再生に寄与するのか、今後も研究を続ける予定です。

本研究成果は、2022年5月25日(水曜日)公開のProceedings of the Royal Society B: Biological Sciences誌でオンライン掲載されました。

1850年以降の土地利用の変化と鳥類個体数の変化を示す図
過去166年間の石狩平野の土地利用の変化(左)と鳥類個体数の推定値の変化(右)

 

背景

生物多様性の喪失が世界規模で進んでおり、森林の伐採や湿原の埋め立てなどの土地利用の転換が、その主たる原因として挙げられています。特に農地は、現在では世界の陸上面積の30%以上を占めており、自然生態系から農地への転換によって、陸上の生物多様性は大きく減少したと考えられています。こうした生物多様性の歴史的な変遷は、現在の生物多様性やその保全状況を評価する上で欠かせない情報です。しかし北半球、特に農業の歴史が長い温帯地域では、農地への転換による生物多様性への詳細な影響(時期や規模)は殆ど定量化されていませんでした。

研究手法

そこで本研究では、1860年代以降に自然生態系から農地への転換が生じた、北海道石狩平野に着目して、農地への転換が鳥類の種数と個体数に与えた影響を定量化しました。
まず、石狩平野の1850年以降の土地利用図をデジタル化しました。続いて石狩平野の各地で、繁殖している鳥類の個体数を数える調査を行い、各土地利用(湿原、森林、水田など)で繁殖している鳥類の個体数密度を推定しました。そして、デジタル化した石狩平野の土地利用図に、推定された鳥類の個体数密度をあてはめることで、石狩平野で繁殖する鳥類の総個体数を、過去4年代(開拓前、1900年、1950年、1985年)と現代(2016年)それぞれにおいて推定しました。

研究成果

1850年には石狩平野は湿原や森林に覆われていました。1880年以降に、本格的に森林や湿原の農地への転換が始まり、1900年頃には石狩平野の57%を畑が占めるようになりました。その後は水田の面積が増加し、現在(2016年)では石狩平野の52%を水田が、23%を都市等が占めています*2(図1、2)。このような土地利用転換の結果、1850年には、およそ210万個体の鳥類が石狩平野で繁殖していたものの、2016年にはわずか60万個体まで減少したと推定されました*1(図1、2)。すなわち、石狩平野で繁殖する鳥類の個体数は過去166年間で約70%減少したと推定されました。また、その変化の程度は種によって異なり、森林や湿原に生息する種は個体数を90%近く減らした一方で、裸地や農地に生息する種の個体数は50%近く増加したと推定されました(図2)。さらに、1850年には、2haあたりに平均9.3種の鳥類が繁殖していたと推定されましたが、2016年には2.2種まで減少したと推定されました。

土地被覆の変化と鳥類個体数の変化を示す図

図1. 1850年から2016年までの石狩平野の土地利用変化 (a)と、この期間における鳥類個体数の推定値の変化 (b)を示した図。土地利用図は2km×2kmの解像度で、氷見山ら(1995)と北海道(1891)、国土地理院(2016)から作成しています。これらの土地利用図に、野外調査から得た鳥類の個体数密度をあてはめることで、各年代の石狩平野全域の鳥類個体数を、200m×100m(2ha)の解像度で推定しました。なお、都市・水域(図中の黒色部)の鳥類の個体数は0個体と仮定しています。
本研究では、開拓前の環境をより正確に把握するため、作成方法が異なる1850年と1880年の土地利用図を開拓前の状態と定義しています。作成方法の違いにより1880年の土地利用図には、草原が含まれておらず、また湿原面積が1850年と比較して多くなっています。苫小牧市東部から厚真町西部にかけての地域(各図下側)は特に、現在も森林や湿原が残り、また多くの鳥類が生息しています。

左:土地利用面積の変化(a)と、右:鳥類個体数の変化(b)を示す図
図2. 1850年から2016年までの石狩平野の土地利用面積の変化(a)と、この期間における鳥類個体数の推定値(b)を表した図。面積及び個体数算出時には、勇払平野(苫小牧市東部・厚真町西部を中心とする地域)の値を含めませんでした。(a)は土地利用の種類ごと、(b)は鳥類が好む生息地タイプに基づいたグループ別(森林性鳥類、湿原性鳥類、草原性鳥類、裸地・農地性鳥類)に色分けしています。これらのグループは既往文献に基づいて定義しました。

今後への期待

北半球の多くの地域では1700年代までに自然生態系が大規模に農地へ転換されたため、その生物多様性への影響を長期・広域的に評価する手法は限られていました。
本研究では、明治時代以降に自然生態系から農地への大規模な転換が生じた石狩平野に着目し、また古地図を利用することで、石狩平野の鳥類の個体数が過去166年間で70%以上減少した可能性が高いことを明らかにしました。そして、この個体数減少に伴い、生物群集を構成する種も、森林や湿原を好む種から、裸地や農地を好む種に大きく入れ替わったことが示唆されました。北半球では、既に多くの地域が農地に転換されているため、他の地域でも同様の劇的な個体数減少や生物群集の変化が生じたことが推察されます。
今回の研究結果は、平野部に残存する湿原や森林を保護すること、あるいはそれらの再生活動の重要性を示しています。石狩平野には、森林・湿原性鳥類が数多く生息している、開拓以前のかたちを留める湿原や森林がまだわずかに残っています。また営農者の高齢化などの影響を受け、耕作放棄地*3の面積が近年増加していますが、石狩平野の耕作放棄地には、残存する湿原と同程度の種数・個体数の湿原性鳥類が生息していることが明らかになっています。農地への再生が難しい耕作放棄地の存在や生物多様性に配慮した農業*4の導入は、かつて大きく数を減らした森林・湿原性鳥類の再生に寄与する可能性があります。

論文情報

論文名:Quantifying the impacts of 166 years of land cover change on lowland bird communities(過去166年間の土地利用変化が平野部の鳥類群集に与えた影響の定量化)

著者名:北沢宗大1、山浦悠一2、3、先崎理之4、埴岡雅史1、大橋春香5、6、小黒芳生3、松井哲哉6、7、中村太士81北海道大学大学院農学院、2森林総合研究所 四国支所、3森林総合研究所 森林植生研究領域、4北海道大学大学院地球環境科学研究院、5森林総合研究所 野生動物研究領域、6森林総合研究所 生物多様性・気候変動研究拠点、 7筑波大学 生命環境系、8北海道大学大学院農学研究院)

雑誌名:Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences(生物学の国際専門誌)

DOI:10.1098/rspb.2022.0338

公表日:2022年5月25日(水曜日)(オンライン公開)

用語解説

1 個体数:本研究では、繁殖期になわばりを構えていた雄の個体数(テリトリー数)のみを野外調査で数え、解析に用いています。そのため、雄と雌の性比が1:1であると仮定すると、実際には1850年には約420万個体が、2016年には120万個体の鳥類が生息していたことになり、過去166年間で約300万個体が減少したことになります。(元に戻る

2 都市化の影響:石狩平野では、都市が顕著に拡大する1950年までに鳥類の個体数は大きく減少しています。また、1950年から1985年にかけての個体数減少は、湿原や草原の農地への転換の影響が大きいと考えられます。なお、都市部では鳥類が少ないため、本研究では都市の鳥類個体数を0個体と仮定して、個体数変化を推定しています。農地を、都市などの他の土地利用へ転換することもまた、鳥類個体数に影響すると考えられますが、本研究ではその影響を詳細に評価できていないため、今後の研究が必要です。(元に戻る

3 耕作放棄地:農業を中止した農地のことをさします。国内では、農村部からの人口流出や高齢化に伴って面積が増加しており、北海道には約3千haの耕作放棄地が存在しています。(元に戻る

4 生物多様性に配慮した農業:有機栽培や水田の冬期湛水、魚道の設置などから、農地における生物多様性の保全を目指す農業のことを指します。石狩平野では、農地景観内に湖沼や旧河道が残存し、また排水路沿いの湿地や農地縁に湿原性・草地性鳥類が生息している場合があります。そのため、このような場所の保全と適切な管理が保全上有効な可能性があります。(元に戻る

 

お問い合わせ

研究担当者:
北海道大学大学院農学研究院 教授 中村 太士(なかむら ふとし)

森林総合研究所 四国支所 主任研究員 山浦 悠一(やまうら ゆういち)

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

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