研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2022年 > 絶滅危惧きのこ「オオメシマコブ」は実は2種で、しかもどちらも新種だった ―絶滅危惧きのこの保全に向けて―
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2022年6月2日
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
日本大学生物資源科学部
鳥取大学農学部
ポイント
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、日本大学生物資源科学部、鳥取大学農学部の研究グループは、環境省レッドリスト*1に掲載されているきのこ「オオメシマコブ」について、遺伝子解析および形態的な特徴の詳細な検討を行いました。その結果、小笠原諸島に分布するタイプと高知県に分布するタイプは別種であること、またこれらが正式な学名を持たない種類であることがわかり、それぞれを新種として命名しました。小笠原諸島に分布するタイプは小笠原諸島に固有の種類で、オガサワラグワにしか発生しません。オガサワラグワ自体も小笠原諸島に固有の樹木で、絶滅危惧種の一種です。一方、高知県に分布するタイプはヨコグラノキにしか発生しません。ヨコグラノキは宮城県以南に広く分布しますが、多くの地域で希少な樹木です。高知県に分布するタイプはこれまで高知県の一地域からしか記録がなく、さらに近年安定してこのきのこの発生が確認できているのは数本のヨコグラノキ上だけです。両種はいずれも国際自然保護連合(IUCN)が定めるレッドリストの基準においても、絶滅の可能性が高いカテゴリーである「絶滅危惧IA類*2」に該当することがわかりました。両種の絶滅を防ぐには、宿主となる樹木の保全が不可欠です。本研究成果は、2022年5月31日にMycoscience誌でオンライン公開されました。
「オオメシマコブ」はサルノコシカケ型のきのこで、国内では小笠原諸島と高知県内に隔離分布するとされていました。いずれの地域においても絶滅が危惧され、2020年3月27日に環境省から発表されたレッドリスト2020の菌類レッドリストには、絶滅の危険性が高い絶滅危惧I類*2として掲載されました。一方、小笠原産のオオメシマコブは常にオガサワラグワ(クワ科)に発生するのに対して、高知県産のオオメシマコブはヨコグラノキ(クロウメモドキ科)の主に生木に発生します*3。地域によって発生する樹種が全く異なっていることから、両者は本当に同じ種類なのか、という疑問が生じていました。
小笠原産オオメシマコブ、高知県産オオメシマコブの培養菌糸からDNAを抽出、遺伝子情報を調べ、データベース上に登録された情報との比較を行いました。その結果、両者は別種とするのが適当であることがわかりました。また、両者の特徴を詳細に調べたところ、きのこの表面構造や菌糸の形状などに違いがありました。
オオメシマコブにはこれまでオーストラリア産標本に対してつけられたFulvifomes rimosusという学名が用いられていました。そこでこの学名のタイプ標本*4を調べたところ、小笠原産、高知県産いずれとも形態的な特徴が一致しないことがわかりました。既知の近縁種にも一致するものがないことから、2種ともに学名のない未記載種であることが明らかになり、これらを新種として報告しました。なお、両種の和名(日本語での名称)はまだ確定していないので、ここではそれぞれ「小笠原産オオメシマコブ」、「高知産オオメシマコブ」と記します。一方、これまで学名として両者に対して用いられていたFulvifomes rimosusに該当する種は日本国内では見つかっておらず、国内には分布しないと考えられます。
小笠原産オオメシマコブはオガサワラグワの幹や切株にしか生えることができません。オガサワラグワは、過去の伐採によって個体数が大幅に減少し、さらに小笠原に従来分布していなかった外来樹木であるアカギとの競合によって個体数が減り、絶滅が危惧されています。近年では、小笠原産オオメシマコブの多くは、生木上ではなく過去に伐採されたオガサワラグワ大木の切株上で見つかっています。オガサワラグワ生木の減少に加えて、現存する切株の腐朽が進むことにより、このきのこは今後さらに減少する危険性があります。
高知県産オオメシマコブが発生するヨコグラノキは、国内では宮城県から九州にかけて分布するものの、めったに見かけることのない希少な樹木です。高知県産オオメシマコブは最初の報告からすでに約80年が経ちますが、依然高知県の一地域からしか記録がないことから、他の地域には分布していないと考えられます。さらに、現地でこのきのこを観察しているアマチュアのきのこ研究家によると、近年継続的にきのこの発生が確認できているのは数本のヨコグラノキだけであり、胞子を散布できる成熟したきのこは極端に少ないと考えられます。
これらの分布状況を国際自然保護連合(IUCN)が定める国際的なレッドリストの基準と照らし合わせると、2種ともに最も絶滅の危険性の高い「深刻な危機(絶滅危惧IA類)」に該当することがわかりました。
写真1. 小笠原産オオメシマコブ
上面は通常黒っぽく、ゴツゴツしている。
写真2. 高知県産オオメシマコブ
上面は最初黄褐色でやや毛羽立つが、古くなると黒っぽくなる。
写真3. オガサワラグワの古い切株
小笠原産オオメシマコブの多くはこのような切株上にきのこを形成している。
小笠原産オオメシマコブが絶滅の危機に瀕している理由は、小笠原諸島内の限られた範囲内にしか分布しないこと、生息地の多くでオガサワラグワの生木が減少するとともに切株も腐朽によって消失が進むことで、このきのこにとっての生育環境が悪化していることです。このきのこを守るには、外来樹木の伐採を進めて小笠原本来の植生を回復させ、オガサワラグワの減少を食い止めることが必要です。
高知県産オオメシマコブが絶滅に瀕している理由は、現存するきのこの数が極端に少なく、このままでは安定して将来の世代を残すことができないと考えられることです。このきのこを守るには、現在きのこの発生が確認されているヨコグラノキはもちろんのこと、このきのこが発生するヨコグラノキを新たに発見して保全するとともに、地域のヨコグラノキの生息環境を保全することでこのきのこが生存可能な環境を将来にわたって確保することが必要です。
タイトル:Two new species of Fulvifomes (Basidiomycota, Hymenochaetaceae) on threatened or near threatened tree species in Japan. (絶滅が危惧される樹木に発生するオオメシマコブ属(担子菌門タバコウロコタケ科)の2新種)
著者:服部力(森林総合研究所)、太田祐子(日本大学生物資源科学部)、早乙女梢(鳥取大学農学部)
掲載誌:Mycoscience、63巻3号(2022年5月)
研究費:発酵研究所一般研究助成「小笠原諸島固有菌類保全のための分類・生態学的研究-材生息菌を対象として」(G-24-1-36)、文部科学省科学研究費補助金「亜熱帯域島嶼における南根腐病の病理学的特性の解明とその制御」(25292096)
*1レッドリスト
絶滅のおそれのある野生生物種のリスト。日本国内(全国レベル)のレッドリストには環境省が、国際的なレッドリストには国際自然保護連合(IUCN)が作成しているものがあります。(元に戻る)
*2絶滅危惧IA類、絶滅危惧I類
絶滅のおそれのある種のカテゴリーのうち、ごく近い将来に野生での絶滅の危険性が極めて高いものを「絶滅危惧IA類」、絶滅危惧IA類ほどではないものの、近い将来に野生での絶滅の危険性が高いものを「絶滅危惧IB類」、両者をあわせた絶滅の危機に瀕している種を「絶滅危惧I類」といいます。(元に戻る)
*3
これらのきのこは、生きた木に発生してもそれらを枯らせたり極端に弱らせたりすることはないと考えられています。(元に戻る)
*4タイプ標本
生物の新種記載を行う際に、その生物の基準となる標本をタイプ標本といいます。通常は新種を命名する際に指定されますが、過去に指定されたタイプ標本の消失などによって、後の研究者が指定することもあります。(元に戻る)
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