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プレスリリース

2022年8月4日

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所

木材中の放射性セシウム(セシウム137)濃度、増加の頭打ちあるいは減少への転換を確認
原発事故後10年間の観測と解析

ポイント

  • 原発事故で汚染された樹木の木材・樹皮中の放射性セシウム(セシウム137)濃度の事故後10年間の変化を明らかにしました。
  • 木材中のセシウム137濃度は事故後数年間では一部の森林で増加傾向にありましたが、その後増加が頭打ちあるいは減少に転じたことが確認されました。
  • 樹木による土壌からのセシウム137の吸収と落葉・落枝による排出が次第に釣り合ってきたと考えられ、今後予測精度の向上や吸収特性の解明が進むと期待されます。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所の研究グループは、福島原発事故で汚染された樹木の木材・樹皮中の放射性セシウム(セシウム137)濃度を事故後1年目から現地調査によりモニタリングし、時系列解析によって事故後10年間の変化を明らかにしました。
木材中のセシウム137濃度は事故後数年間では一部の森林で増加傾向にありましたが、その後多くの森林で増加が頭打ちあるいは減少に転じたことが明らかになりました。一方、樹皮中のセシウム137濃度は全体的に減少傾向にありましたが、土壌からのセシウム137の吸収量が多いと考えられた森林では濃度の減少率が低い傾向にあることがわかりました。
多くの森林で樹木による土壌からのセシウム137の吸収と落葉・落枝による排出が次第に釣り合ってきたと考えられ、今後予測精度の向上や吸収特性の解明が進むと期待されます。ただし、土壌からのセシウム137の吸収が多い森林では木材・樹皮中のセシウム137濃度が高止まりする可能性があるため、引き続き動向を注視するとともに、吸収の多寡を決める要因を明らかにすることが重要です。
本研究成果は、2022年7⽉4⽇にScientific Reports誌でオンライン公開されました。

左:木材から樹皮を採取している様子。右:木材から採取した円柱状の試料の写真
写真 木材試料を採取する様子。放射性セシウム(セシウム137)濃度が低い地域では、測定に多量の試料が必要であるため伐採調査を行っています。セシウム137濃度が高い地域では、より長期的なモニタリングを想定し、木材コア(円柱状の試料)の採取による調査を続けています。

背景

東京電力福島第一原子力発電所事故で飛散した放射性セシウム(セシウム137)は東日本の広い範囲に降下し、一部は樹木の表面に沈着し、さらにその一部は樹木の表面から内部に吸収されました。また、土壌に降下したセシウム137は根から継続的に吸収され、樹木の内部に移行しています。福島県および近隣県で生産される木材を建築に使用しても外部被ばくが問題になることはありません。しかし燃料(薪・木炭)やきのこ原木への使用は、濃縮や内部被ばくを考慮して、非常に低い濃度以下のもののみに制限されています。また、木材生産で大量に発生する樹皮も利用・廃棄の際に問題となる場合があります。このため、森林管理・木材生産の計画や意思決定を行う上で、木材・樹皮中のセシウム137濃度の正確な把握と予測が重要な課題となっています。
これまで様々な研究グループによって木材中のセシウム137濃度が予測されてきましたが、長期的な不確実性が高く、50年後の濃度予測値には予測モデル間で最大100倍の開きがあります。また、多くの予測モデルが木材中のセシウム137濃度は増加から減少に転じると予測していますが、そのような変化が実際に観測されたことはありませんでした。予測精度の向上や妥当性の検証のためには、観測データの拡充と解析が非常に重要です。

内容

樹齢50年前後のスギ、ヒノキ、コナラ、あるいはアカマツを対象に、福島・茨城県の計9地点の森林で2011年から2020年の間に木材・樹皮中の放射性セシウム(セシウム137)濃度を定期的に観測し、動的線形モデルを用いて経年変化傾向を解析しました。
木材中のセシウム137濃度は事故後から一貫して2地点では変化がなく、2地点で減少傾向、1地点で増加傾向を示しました。そして残りの4地点では、事故後数年間増加した後に頭打ち(例:下図左側のA地点)あるいは減少(例:下図左側のB地点)に転じたことが確認されました。なお、増加傾向を示した1地点でも増加頭打ちの兆候が見られました。
樹皮中のセシウム137濃度には8地点で減少傾向が見られました(例:下図右側のAおよびB地点)。ただし、土壌からのセシウム137の吸収量が多いと考えられた地点では濃度の減少率が低い傾向にあることがわかりました。さらに、1地点では例外的に濃度が全く減少していなかったことも明らかになりました。

2011年~2020年に木材・樹皮中の放射性セシウム濃度を定期的に観測し、動的線形モデルを用いて経年変化傾向を解析したグラフ

図 木材・樹皮中の放射性セシウム(セシウム137)濃度の経年変化傾向(コナラ2地点の例)
◯と△は観測値を、線と帯はそれぞれ推定された傾向の中央値と95%信用区間を示す。
(注:論文中では放射性壊変による減少を除いて解析しているため、グラフが異なります。)

今後の展開

多くの樹木で木材中の放射性セシウム(セシウム137)濃度の増加が頭打ちあるいは減少に転じたことは、樹木のセシウム137の土壌からの吸収と落葉・落枝等による排出が次第に釣り合ってきたことを示していると考えられます。このような状態では、森林・樹木内のセシウム137の動きが事故後初期に比べて安定するため、今後予測精度が向上すると期待されます。また、樹木の吸収特性の指標となる移行係数を事故後初期よりも正確に評価できるようになるということも特筆すべき点です。
一方、土壌からのセシウム137の吸収が多い森林では、木材・樹皮中のセシウム137濃度が高止まりする可能性があることも示唆されました。このため、引き続きセシウム137濃度の動向を注視するとともに、移行係数をより多くの地点で網羅的に調べることで樹木のセシウム137吸収の多寡を決める要因を明らかにすることが重要です。

論文

論文名:Decadal trends in 137Cs concentrations in the bark and wood of trees contaminated by the Fukushima nuclear accident

著者名:Shinta Ohashi, Katsushi Kuroda, Hisashi Abe, Akira Kagawa, Masabumi Komatsu, Masaki Sugiyama, Youki Suzuki, Takeshi Fujiwara, Tsutomu Takano

掲載誌:Scientific Reports(2022年7月4日オンライン公開)

DOI:10.1038/s41598-022-14576-1(外部サイトへリンク)

研究費:林野庁受託事業「森林内における放射性物質実態把握調査事業」

 

 

 

 

お問い合わせ

研究担当者:
森林総合研究所 木材加工・特性研究領域 組織材質研究室 主任研究員 大橋伸太

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

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