研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2022年 > 土壌の酸性環境に触発されて「落ち根」が増加しても、土壌有機物の養分保持機能はかわらない
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2022年10月25日
名古屋大学
森林総合研究所
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の林 亮太 博士前期課程学生、谷川 東子 准教授、同大学院環境学研究科の平野 恭弘 准教授、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所関西支所の溝口 岳男 研究専門員は、北里大学の眞家 永光 准教授、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 農業環境研究部門の和穎 朗太 上級研究員らとともに、樹木から土壌への資源投資が、必ずしも“養分保持機能に有効な土壌有機物”を増やすわけではない理由を解明しました。
樹木の「落ち葉」や「落ち根注1)」は地表もしくは地中で微生物により分解され、一部は土壌有機物になります。「落ち根」は分解されにくい性質のため、土壌有機物の素(もと)として注目を集めています。マイナスの電気を帯びている土壌有機物は、プラスの電気を帯びているカルシウムイオンなどの養分を保持する力(CEC注2))を発揮します。私たちは先行研究において、「酸性度の高い痩せたスギ人工林の土壌は、時間と共にますます痩せて酸性になる」という酸性化スパイラル現象と、そのような林分では細根量が増えること、さらに土壌有機物量も増えること、しかしCECは向上しないことを見出しました。今回、土壌有機物が増えてもCECが高まらない理由は、痩せた土壌では、CECに有効な“鉱物と親和している有機物”が増えなかったためであることを明らかにしました。
本研究は「スギという樹木が、どのような土壌環境に反応し、さらにその影響によって土壌はどのように作りかえられていくのか?」を描き出しました。この知見は、昔から林業の現場で受け継がれてきた叡智“適地適木注3)”を科学的に支持し、植栽時に樹種を選択する場面で有用な情報を提供します。
本研究成果は、2022年9月5日付ドイツの出版社Springerの国際学術誌「Plant and Soil」にてオンライン掲載されました。
(1)研究の背景
植物がその性質として、土壌を肥沃にするのか、痩せさせてしまうのかは、人間が森林を永続的に利用するために必要な情報です。私たちは先行研究において、「肥沃なスギ林土壌は樹木の生育とともにますます肥沃(※1)に、痩せて酸性度の高いスギ林土壌はますます痩せて酸性になる」という酸性化スパイラル現象(図1、科学的には正のフィードバック現象と言います)を発見しました。痩せて酸性度が高い土壌のスギ林では、少ない土壌養分を樹木が吸収しようと頑張るのか細根量が増え、土壌有機物含量も高いこと、しかしCEC(陽イオン交換容量cation exchange capacity,カルシウムイオンのようなプラスの電気を持つ養分を保持する土壌の機能)は肥沃土壌のものと同じである現象も見出しました。そこで、「葉と細根が一般的な混合比である有機物」に比べ「細根が相対的に多くなっている有機物」は、土壌の栄養を捕捉する機能は劣るのか?という疑問を持ちました。もし細根に由来する有機物の機能が劣るのであれば、痩せた土壌にスギを植えないなどの対策をとる必要があります。
図1. スギ林における土壌化学性の20年間の変化(Tanikawa et al., 2014 Forest Ecology and Managementを改変)
横軸の交換性アルミニウム濃度は土壌酸性度の指標で、高いほど土壌酸性化が進んでいることを示す。縦軸の交換性塩基濃度(本研究ではカルシウムがその主体でした)は土壌肥沃度の指標で、高いほど土壌栄養が豊富であることを示す。
つまり左上方へのシフトは肥沃化を、右下方へのシフトは酸性化を意味する。スギ林では、この20年間で肥沃な土壌はますます肥沃になり、痩せて酸性度の高い土壌ではますます土壌酸性化が進行したことがわかる。
(2)調査方法
痩せて酸性度が高いスギ林土壌(痩せた土壌)と、肥沃で酸性度の低い土壌(肥沃な土壌)それぞれから、「植物体に近い状態の有機物」、「分解が進んで鉱物と親和し、土壌における滞留時間を延ばしている有機物」を、比重注4)の違いを使って取り出し(図2)、核磁気共鳴(NMR)注5)分析を通して各有機物がもつ官能基注6)を特定し、土壌全体のCECとの関係を精査しました。
図2.植物体に近い状態の有機物と、鉱物と親和して長く残る有機物(Wagai et al., 2020 Soilを改変)
植物体は軽く、鉱物は重いため、「植物に近い状態の有機物」は比重が低い一方で、「鉱物と親和して長く残る有機物」は比重が高いという性質がある。このため、その境界値の比重を持つ溶液に土壌を入れると、「植物体に近い状態の有機物」は浮き、「鉱物と親和して長く残る有機物」は沈む。この性質を利用して、土壌を3つに分け、左側2つの有機物の炭素成分を解析した。
(3)研究成果
1)鉱物と親和して長く残る有機物のカルボキシ基はCECの向上に寄与
「植物体に近い状態の有機物」では、各官能基が含む炭素量とCECとの関係性が見られなかった一方で、「鉱物と親和して長く残る有機物」では、カルボキシ基(有機物中のマイナス電気の源)が多いほどCECが高いことがわかりました。CECを向上させるためには、土壌有機物の中でも「鉱物と親和して長く残る有機物」を増やす必要があると考えられます。
2)「鉱物と親和して長く残る有機物」の量は痩せた土壌と肥沃な土壌で同じ
「鉱物と親和して長く残る有機物」の量は、痩せた土壌と、肥沃な土壌の間で同程度であることがわかりました(図3)。つまり、土壌有機物全体は増えても、CECを上げるのに有効な有機物の量が同じであればCECは上がらないことが示されました。
図3.土壌1gに含まれる比重別画分の炭素含量
有機物に最も多く含まれる成分は炭素のため、ここでは比重で分けた土壌の画分に含まれる炭素量を、有機物の量の指標として調べた。縦軸は、数値が高いほど有機物が多く含まれることを示す。痩せた土壌でも肥沃な土壌でも、「鉱物と親和して長く残る有機物」が同程度の量であることがわかる(実際に、統計的な有意差はなかった)。
なお土壌炭素には、炭酸塩(貝殻や石灰岩の成分)も含まれるが、日本の森林の表層土壌では普通、無視できる量しか含まれていない。
3)痩せた土壌では有機物の分解が進んでいる
痩せた土壌では肥沃な土壌と比べて有機物の分解が進んでいることもわかりました(図4)。「土壌の酸性化に触発されて植物が細根量を増やし、それが枯れて土壌に投資されても、CECを上げるのに有効な有機物の量が増えない」理由は、「葉と細根が一般的な混合比である有機物」に比べ「細根が相対的に多くなっている有機物」のCEC能が劣るためではなく、「酸性化が進むと動きが活発化する微生物の働きや酸性化で有機物と鉱物が親和しにくくなるなどの理由で、有機物の分解が進んだため」であると考えられます。
図4.土壌有機物が分解した程度
縦軸は、数値が高いほど分解が進んでいることを示す。痩せた土壌で土壌有機物の分解が進んでいることがわかる。図中のアスタリスクは痩せた土壌と肥沃な土壌の間の統計的な有意差(*p < 0.05, **p < 0.01)を示す。
本研究は、スギが資源を土壌へ還しても、その投資分の効果がキャンセルされる理由を解き明かしました。私たちは、もともとの状態を維持しようとする森林生態系がもつ動的平衡機能の一端を見ているのかもしれません。この調査を通し、土壌と植物が、互いに強く影響しあう姿が見えてきました。今後、より多くの樹種について研究を進めることで、「どの樹種がどのような土壌の環境に反応し、さらにその影響によって土壌がどのように作りかえられていくのか?」といった、植栽樹種を選択する場面で有用な情報を提供できると考えられます。例えば、「肥沃な土壌を好むスギを、痩せた土地には植えない」という選択肢は、土壌酸性化防止に多少なりとも貢献しうると考えられます。しかしながら、それは決して新しい発想ではなく、昔から林業現場で受け継がれてきた「適地適木」(その土地の特徴に合う樹種を選んで植林する)という叡智を、科学の面から支持することにほかなりません。
いま世界では、土壌の劣化が、食・水・エネルギーの安全を脅かすことが懸念されています(土壌劣化の中に土壌酸性化も含まれます)。土壌―植物間相互作用を考慮した適切な森林施業のあり方は、日本よりずっと分布割合が高い世界の痩せた土地で、人間が如何に土壌劣化を緩和しながら持続的に森林をマネージメントしていくか、その指針を建てるときに役立つと考えられます。
本研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)「人工林土壌の塩基を枯渇させない方法の模索」および「土壌環境に触発された細根増産は土壌養分保持能を損なうのか?」の支援のもとで行われたものです。
注1)落ち根:
落葉期になると、葉が持つ養分の一部が樹木本体に引き戻され、葉の葉柄部分には樹体と切り離す離層という組織が形成される。このようにして落ちた葉のことを「落ち葉」と学術的には呼ぶ。一方、細根に関しては、養分の引き戻しや離層形成について不明な点が多いため、「落ち根」と一律には表現しがたい面もあるが、ここではわかりやすく、枯れて土に還る根のことを「落ち根」と呼ぶ。(元に戻る)
注2)CEC(陽イオン交換容量):
単位重量あたりの土壌がカルシウムやマグネシウムなどの塩基類を吸着できる最大の量。植物や微生物の生育に必要な養分を補足する土壌の機能のひとつ。(元に戻る)
注3)適地適木:
土壌に適した樹種を植えることを推奨する知恵。例えば「尾根マツ、谷スギ、中ヒノキ」という句は、乾燥に強く痩せた土地でも生育の良いマツは尾根部に、水分が多く肥沃な土壌を好むスギは谷部に、斜面中部にはヒノキを植えることを推奨している。(元に戻る)
注4)比重:
ある物質(本研究では水)の密度を基準とした他の物質の密度のこと。密度は一定体積の物質の重量のこと。(元に戻る)
注5)核磁気共鳴(NMR)分析:
測定試料に強い磁場をかけながらラジオ波を照射することで、測定試料に含まれる特定の原子(炭素、酸素、水素、窒素、リンなど)の構造を推定する手法。本研究では炭素のNMR分析を行い、土壌有機物に含まれる官能基を推定した。(元に戻る)
注6)官能基:
有機化合物中に含まれる、特徴的な反応を示しうる構造のこと。例えば、カルボキシ基はマイナスの電荷をもち、酸性や親水性、物質の吸着の原因となる。(元に戻る)
(※1)一般的には、窒素やリンなどが植物の養分として着目されているが、この研究における養分とは、塩基性陽イオンのことを指し、肥沃とはこれが土に豊富に含まれる状態と定義している。
掲載紙:Plant and Soil
論文タイトル:An increase of fine-root biomass in nutrient-poor soils increases soil organic matter but not soil cation exchange capacity(痩せた土壌における細根量の増加は土壌有機物を増加させるが、土壌の陽イオン交換容量を増加させない)
著者:Ryota Hayashia, Nagamitsu Maieb, Rota Wagaic, Yasuhiro Hiranod, Yosuke Matsudae, Naoki Makitaf, Takeo Mizoguchig, Ryusei Wadad, Toko Tanikawaa, g,
(林亮太a, 眞家永光b, 和穎朗太c, 平野恭弘d, 松田陽介e, 牧田直樹f, 溝口岳男g, 和田竜征d, 谷川東子a, g)
a, 名古屋大学大学院生命農学研究科; b, 北里大学獣医学部; c, 農業・食品産業技術総合研究機構 農業環境研究部門; d, 名古屋大学大学院環境学研究科; e, 三重大学大学院生物資源学研究科; f, 信州大学理学部; g, 国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所関西支所
DOI: 10.1007/s11104-022-05675-z
URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s11104-022-05675-z
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