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2023年1月12日
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
ポイント
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所は、長崎県の対馬において、ニホンジカの影響(食害や剥皮被害)が異なる5つの森林でマダニ類の生息数を調査し、ニホンジカが多い森林ほどフタトゲチマダニが多く生息していることを明らかにしました。
対馬には天然記念物に指定される絶滅危惧種のツシマヤマネコが生息しています。最近捕獲されたツシマヤマネコが、マダニ媒介感染症である重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の抗体陽性であったことが2022年7月に環境省より発表されました。SFTSは、人だけでなくネコ科動物に高い病原性を持つことが知られており、ツシマヤマネコへの影響が懸念されるため、対馬におけるマダニ類の生息状況を把握することが急務となっています。そこで本研究では、対馬の広域に調査地を設けマダニ類の調査を行いました。その結果、シカが多い場所で、SFTSウイルスを媒介することが知られているフタトゲチマダニが多く生息することが明らかになりました。
本研究の結果は、シカの増加がフタトゲチマダニの増加を通して、間接的にマダニ媒介感染症の増加に関与している可能性を示唆しています。現在対馬においては、農林業被害対策のために5頭/km2を目標密度としてニホンジカの捕獲が行われていますが、現状ではニホンジカの密度はなんと70頭弱/km2にもなると言われています。対馬は本土地域と比べて他の宿主動物の種数が少なく、シカの過剰な密度をおさえることでマダニ類を減らせると考えられます。対馬では、農林業被害対策のためにニホンジカが捕獲されていますが、感染症対策としての観点からも、シカ対策を加速させることが望まれます。
本研究成果は、2022年11月25日に日本ダニ学会が発行する「Journal of the Acarological Society of Japan」に掲載されました。
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)はマダニ類が媒介するウイルスによる人獣共通感染症で、中国南部、韓国、日本、ベトナムなどで感染が確認されています。これまで人やネコ科動物では高い致死率が報告されています。最近、長崎県の対馬の森林に生息する天然記念物ツシマヤマネコの捕獲個体が、SFTSに対する抗体を保有していたことが環境省から発表され(2022年7月1日報道発表)、ツシマヤマネコ個体群への影響が懸念されています。ツシマヤマネコへの感染リスクを評価するためにも、島内におけるウイルスを媒介するマダニ類の生息状況や、マダニ類が寄生するホストとの関係を明らかにする必要がありますが、これまでそのような調査は行われてきませんでした。
また近年、シカ類など大型の偶蹄類の生息数が多い地域ではマダニ類が増加することがわかってきました。対馬には、大型の偶蹄類であるニホンジカ(以下シカ)が非常に高密度で生息しています。現在対馬においては、農林業被害対策のためにシカの捕獲が実施されており、約5頭/km2を目標密度としていますが、現状では平均密度が70頭弱/km2にもなると言われています。ただし、生息密度は島内で地域ごとに異なるため、シカが高密度で生息する地域では特にマダニ類が増加し、ツシマヤマネコのSFTSの感染確率が増加する可能性があります。
そこで、本研究では、対馬の広い範囲においてマダニ調査を実施するとともに、マダニ類の生息状況とシカの密度の指標*1との関係を明らかにしました。調査は、シカの密度指標が異なる5つの地点で、2022年5月に旗ずり法(地表や繁みの上で布を引きずり、その布に付着したマダニ類を採集する方法)を用いてマダニ類を採集しました。合計で131頭のマダニ類を採集しましたが、このうち127頭はSFTSウイルスを媒介する可能性のあるフタトゲチマダニでした。そしてシカの密度指標が高い地点ほどフタトゲチマダニの採集数が急激に増えることが明らかになりました(図)。
写真. 対馬で採集されたフタトゲチマダニの成虫オス(左)、若虫(右)。
図. シカの密度指標とフタトゲチマダニの採集数の関係。
これまでの知見から、一般にイエネコを含むネコ科動物はSFTSウイルス感染による高い致死率を示すことが知られています。本研究において示された結果は、シカの増加がフタトゲチマダニを増やすことで、SFTSウイルスの伝播を助長し、ツシマヤマネコ個体群への感染リスクに間接的に関わっている可能性を示唆しています。一方でツシマヤマネコのSFTSウイルスに対する感受性は明らかにされていないことから、早急にリスク評価を行う必要もあります。またSFTSは人に重篤な症状を引き起こす人獣共通感染症でもあり、野外で活動する方々への注意喚起も大切です。
フタトゲチマダニは対馬で、均一に高密度で分布しているわけではなく、シカの密度に合わせて濃淡があることが結果から示唆されました。対馬は上島と下島の二つの島から成りますが、問題がより大きいのは、ツシマヤマネコの重要な生息地であり、同時にシカの密度も高い上島といえます。上島に生息するツシマヤマネコは頻繁にマダニに刺咬され、高い感染リスクにさらされている可能性があります。
対馬は本土にくらべて、他の宿主動物の種数が少なく、シカがマダニ類の数を維持する主要な宿主になっていると考えられます。マダニ刺咬リスクを低減していくためには、対馬のきわめて高密度のシカ個体群の密度管理が重要になってくるでしょう。シカの密度を低く抑えることができれば、長期的にはマダニ類の生息数も減少することが期待されます。また、ヤマネコの重要生息地や人の野外利用が多い場所においては、優先的にシカ対策やマダニ防除を講じることも検討する必要があります。対馬では、これまで農林業被害の低減のためにシカの捕獲が実施されてきましたが、感染症対策の観点からも、シカ対策を加速させることが望まれます。
論文名:Preliminary research on the relationship between tick and deer abundance on Tsushima Islands, western Japan
著者名:Kei K. Suzuki, Kandai Doi, Kaori Morishima, Hiromi Yamagawa, Taiki Mori, Yuya Watari, Kimiko Okabe
掲載誌:Journal of the Acarological Society of Japan、2022年11月25日に出版
研究費:(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20204006)
*1 シカの密度指標
ここでは、シカによるスギやヒノキの樹皮剥ぎ被害や下草の採食痕、糞や足跡あるいはシカ道といった5項目からシカ影響の程度を定量的に評価し、シカの密度指標とした研究データを利用しました。(元に戻る)
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