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更新日:2024年5月15日
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2024年5月15日
国立大学法人筑波大学
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
ポイント
筑波大学の菅平高原実験所構内で採集した土壌性ハナバチから新種の線虫を発見、記載しました。発生生物学、進化生物学などに使われるモデル線虫種に近縁で、ハナバチを特異的に利用し低酸素適応するなど特徴的な生理・生態的形質を持つことから、研究材料としての利用が期待されます。
無脊椎動物の1グループである線虫類は種多様性が非常に高く、100万種が知られる昆虫と同等かそれ以上の種が存在すると考えられています。その中には、多くの有害種(寄生虫、農林業害虫)や有用種(生物防除資材、モデル生物)が含まれます。しかし、現状で命名されているのは3万種足らずであり、多様性の解明にはほど遠い状況にあります。このため、さまざまな環境から継続的な採集を続けていくことにより、新たな有用種が検出される可能性は非常に高いと言えます。
本研究では、標高が高く寒冷地にある筑波大学山岳科学センター菅平高原実験所(長野県上田市)で線虫多様性調査を行い、土壌性の真社会性ハナバチであるアカガネコハナバチから継続的に検出される線虫種を確認しました。
この線虫は、ゲノム進化や自己認識、環境に応じて体の構造を変える「発生学的可塑性」現象などの研究にモデル生物として用いられている雑食(細菌食、捕食)性線虫、Pristionchus 属に属する新種であると考えられました。このため、詳しい形態観察、分子系統解析を行い、Pristionchus seladoniae として記載しました。
P. seladoniae は、他のPristionchus 属線虫で一般的に使われる大腸菌培地での増殖が安定しない、培養条件下では可塑性が発現しないという生理的特徴、土壌性ハナバチから継続的に検出されるという生態的特徴、clumping という低酸素適応種にみられる培地上での集合行動など、一般的な Pristionchus 属と異なる特徴を持っており、モデル種との比較研究材料(サテライトモデル)として、ゲノム生物学、生理学、環境適応などの分野で利用されることが期待されます。
線虫類注1)は無脊椎動物の1グループで、種数、生息域、生理生態的特性、他の生物群を利用する様式において、非常に高い多様性を持っています。カイチュウやギョウチュウといった寄生虫や農林業害虫などの有害種が多く含まれる一方、生物防除資材となる昆虫病原線虫や生物学研究の多くの分野に用いられるモデル生物など、有用種も多数知られています。
本研究チームは、これら線虫の多様性解析を行っており、その中でも特に、モデル生物との比較研究に用いられる近縁種(サテライトモデル種)や、特殊な生態的特徴を持つ種に注目しています。より広い研究分野へ応用できる可能性があるためです。
このような線虫の解析は、気温や湿度、高度などが異なるさまざまな環境で、宿主となる生物(主に節足動物)や線虫が生息場所とする基質(枯木、腐敗果実、動物死体など)を採集し、そこから分離した線虫の実験室培養系を確立するという手順で行います。そして、これらの線虫を培養系で観察することにより、環境適応性や食性を明らかにし、その後の遺伝子及び生態学的解析に利用します。
本研究では、高標高、寒冷気候に適応した種類を探索するため、菅平高原実験所構内(海抜約1350 m)でハナバチ類を数年間、継続的に採集し、そこからの線虫分離を試みました。その結果、土壌性、真社会性ハナバチの一種であるアカガネコハナバチから、継続的に検出される線虫種があることが明らかになりました。
この線虫を培養し、培地上での増殖、行動の観察、形態的観察、系統解析を行ったところ、Pristionchus 属の新種であることを確認し、Pristionchus seladoniae として記載しました(図1)。この学名は、線虫の媒介昆虫であるハナバチ、Halictus (Seladonia) aerariusの亜属(分類の単位である「属」内の細分化されたグループ)名Seladoniaに由来しています。
Pristionchus 属は、ゲノム進化、餌認識、食性多様化、発生学的可塑性などの研究分野で利用されるモデル系として知られています。今回検出された P. seladoniae は、日本国内で、しかも貿易港から遠く離れた菅平高原で検出されたにもかかわらず、遺伝的には北米の Pristionchus 属線虫種に近縁であるという地理系統学的特徴がありました。また、他の Pristionchus 属線虫で一般的に餌として使われる大腸菌(Escherichia coli)培地では安定して増殖せず、他の Pristionchus 属で広く見られる口腔二型(多型)注2)が発現しにくいという生理的特徴を有します。さらに、土壌性の社会性ハナバチから特異的に検出されるという生態的特徴も持っています。これに加えて、培地上で、clumping と呼ばれる集合行動を見せるという特徴がありました。これは、集合することにより周辺の酸素濃度を低下させるという、低酸素環境への適応であると考えられます。
これらのことから、Pristionchus 属の他種と生理的、生態的な側面や、ゲノム構成などを比較することにより、このモデル属を用いた研究の可能性を広げることが出来ると考えられます。
図1 Pristionchus seladoniae の雌雄成虫
左側が雄、右が雌成虫である。雌雄の記号はそれぞれ頭部に付した。糸状というよりはやや太短い体型をしており、雄は尾部に交接刺(spicule)と呼ばれる交尾器がある。雌は体の中央部分腹側に陰門があり、そこから前後に一対の卵巣を持つ。卵巣は前後それぞれ腸に対して右側、左側に位置する。
図2 Pristionchus seladoniae の clumping 行動
培地上で、線虫の個体が集合して団子状になっている(矢印)。密集することにより線虫塊周辺の酸素分圧を低下させる効果があると言われ、他の線虫種でも通常の培養株を高酸素条件で培養した場合や、高標高地由来の分離株を通常条件で培養した際に発現する例が知られている。Pristionchus seladoniae の場合は、菅平高原のハナバチの地下巣という低酸素状態の生息環境に適応した結果であると考えられる。
今回、新種記載した P. seladoniae は、その生理的、生態的特徴から、サテライトモデルとしての有用性が期待されます。しかし、最初に分離した培養株はまだ安定的な増殖がみられず、長期的な培養系が作れないなど、このまま研究材料として利用するには難しい点が残されています。これまでの採集により、菅平高原でハナバチから分離されることは明らかになっているため、継続的な再分離と安定した培養株の確立を行い、研究資材として広く利用できるようにしたいと考えています。
タイトル:Pristionchus seladoniae n. sp. (Diplogastridae) isolated from a eusocial soil-dwelling bee, Halictus (Seladonia) aerarius, in Nagano, Japan.
(長野県において真社会性・土壌性ハナバチから検出された新種線虫、Pristionchus seladoniae)
著者名:Kanzaki N1, Fujimori Y2, Ekino T2, Degawa Y3
1森林総合研究所関西支所 2明治大学農学部 3筑波大学山岳科学センター菅平高原実験所
掲載誌:Nematology(2024年5月)
研究費:JSPS科研費(20H03026,22H02690,23K17381)
国立大学法人筑波大学、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
注1)線虫(Nematode)
線形動物門(Nematoda)に含まれる無脊椎動物の総称。通常、糸状の体形をしており、成虫の体長は、最小 0.15 mm から数メートルのものまで存在する。動植物寄生、捕食、微生物(カビ、バクテリア、藻類)食など食性の幅も広く、極地、高山、深海、有毒環境も含め、地球上のほぼすべての環境に生息する。また、推定種数は「多い」ということしか知られていないが、100万種以上が知られ、多様性の代表ともいえる昆虫よりもさらに多いという試算もある。(元に戻る)
注2)口腔二型(多型)(stomatal dimorphism / polymorphism)
発生学的可塑性の一つで、Pristionchus 属の含まれるディプロガスター科線虫の一部で知られる特徴。発生学的可塑性とは、遺伝的変化を伴わない形態、構造の多型性であり、環境に応じて発現することが多い。有名な例はサバクトビバッタで、遺伝的には違いのない個体が、生息密度が高いと翅の長い「群生相」となり、低いと翅の短い「孤独相」となる。線虫の口腔二型では多くの場合、環境中の栄養(餌)条件に対応して、成虫の口器が微生物食型か捕食型かのどちらかになる。終齢幼虫から成虫に脱皮する前に、栄養環境が良い場合は微生物食型、悪い場合は捕食型になるケースが多い。(元に戻る)
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