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プレスリリース

2024年9月19日

九州大学
国立研究開発法人 森林研究・整備機構森林総合研究所

遺伝子の働きが教えてくれたサクラの”季節感”
寒さで目覚めるのはいつ?~

ポイント

  • サクラのつぼみが休眠から目覚める時期は肉眼では観察できないが、なにか手がかりがあれば開花予測の精度が上がる
  • DAM遺伝子※1)の働きに着目してサクラのつぼみが目覚めるタイミングを予測する初のモデルを構築
  • 地球温暖化がサクラの開花に与える影響を予測、今後の予測精度の向上に期待

概要

近年のサクラの開花が早まる傾向は、気候変動による気温の上昇が原因とされています。サクラが春に開花するためには、冬季に花芽が十分な低温にさらされて休眠から目覚めた後、一定の高温を経験する必要があります。そのため、暖冬では花芽の目覚めが遅れますが、その後の気温が十分に高いため早く開花します。もし目覚めのタイミングがわかれば、開花予測の精度が向上すると期待されます。しかし、芽の休眠と目覚めの状態は肉眼では観察できません。
日本学術振興会の桑門温子特別研究員PDと九州大学大学院 理学研究院の佐竹暁子教授、森林総合研究所の韓慶民および北村系子らの研究グループは、ソメイヨシノが休眠から目覚めるタイミングを予測するために、休眠から目覚める鍵となる遺伝子の働きに着目した初のモデルを提案しました。さまざまな遺伝子を解析することにより、札幌・つくば・福岡のサクラの”季節感”を捉えるとともに、気象庁の気温データを用いて1952年から2022年の3地域の休眠打破のタイミングを予測しました。
今後はこの予測モデルの精度を向上させ、地球温暖化が生態系に与える影響の予測に役立てるとともに、休眠打破の時期からサクラの開花時期をより正確に予測できるようになると期待されます。
本研究成果は英国の雑誌「Plants, People, Planet」に2024年9月19日(木曜日)午後6時(日本時間)に掲載されます。

1952年から2022年までの遺伝子の働きによるサクラの季節感、DAM4遺伝子の発現レベルなどの概略を示した図
概略図:遺伝子の働きに着目してサクラの休眠からの目覚めのタイミングを予測する初のモデルである。

研究者からひとこと:
サクラの開花予測は、開花日や環境データを軸に行われてきました。技術の進歩により、植物の遺伝子全体の動きを捉えることができるようになりました。これによってカレンダーがないのに、植物が季節の移り変わりをどう感じ取っているのかを垣間見ることできます。本研究ではこの技術を利用して、サクラのつぼみが休眠から目覚める時期を推定しました。

研究の背景と経緯

ソメイヨシノ(Cerasus × yedoensis ‘Somei-yoshino’)は、日本の春の訪れを象徴する代表的なサクラです。近年サクラの開花が早まる傾向にありますが、これは気候変動による気温上昇が原因だと考えられています。サクラの開花は、花芽の形成後に続く二つの休眠状態、自発休眠と他発休眠によって制御されます。自発休眠から他発休眠への移行(休眠からの目覚め、休眠打破と呼ばれる)には十分な低温の期間を、他発休眠から開花への移行には十分な暖かい期間を必要とします。サクラが開花するためには、まず芽が冬季に十分な低温に一定期間さられることで休眠から目覚めなければなりません。暖冬の場合は低温に晒されにくくなるため、休眠からの目覚めが遅れます。一方、暖かいために他発休眠から開花までの期間が早まります。このように、その年の温度変化によってサクラの開花時期は前後します。日本の南の地域においては、休眠からの目覚めに必要な低温の期間が不足する場合、サクラが目覚めず開花しなくなる可能性があります。サクラのつぼみの休眠打破と開花のタイミングを予測することは、お花見や学校の卒業式・入学式を彩るサクラの開花日への文化的な興味に限らず、気候変動が生態系に及ぼす影響を評価する上でも重要です。しかし、開花とは異なり、芽の休眠や目覚めは肉眼では観察できません。
近年のゲノム研究技術の急速な発展により、植物内で働くほぼ全ての遺伝子発現を網羅的に捉えることが可能になってきました。これにより、花芽の内部でもさまざまな遺伝子の発現状態が動的に変化していることが分かってきました。また、サクラ・モモ・ナシなどのバラ科(Rosaceae)の植物において、芽の休眠打破の鍵となる遺伝子(DAM遺伝子)が見つかり、そのメカニズムも明らかになりつつあります。これらの技術を用いれば休眠メカニズムを理解し、休眠打破の時期を予測できるようになると期待されます。さらに、サクラの休眠打破に必要な気温などの環境条件を特定できるとともに、気候変動がサクラに及ぼす影響を評価し、それらに対抗するための方策を探ることにも繋がります。
本研究では、ソメイヨシノの休眠打破の鍵となるDAM遺伝子の働きに着目し、その遺伝子発現のレベルに基づいて目覚めるタイミングを予測する初のモデルを提案しました。網羅的な遺伝子の働きに着目することより、日本列島の3地域(札幌・つくば・福岡)のソメイヨシノを対象に、休眠打破に影響を与える気温の閾値を明らかにし、気象庁の気温データを用いて1952年から2022年の開花に向けた3地域の休眠打破のタイミングを予測しました。

研究の内容と成果

日本列島の南北に異なる3地域(札幌・つくば・福岡)で野外に成育するソメイヨシノの一年を通した網羅的な遺伝子発現解析を行った結果、1年間で5つの特徴的な遺伝子発現パターンを示すことが分かりました。私たちはこれらを5つの”サクラの季節感”と呼び、”ヒトの季節感”に合わせて初夏、夏、秋、冬、春のモードと名付けました(図1)。3地域のソメイヨシノの季節感に着目すると、温暖なつくばと福岡には夏のモードがありますが、寒冷な札幌には夏のモードがなく、初夏から秋のモードへと直接移行することが示唆されました。この違いは、気温にあると考えられます。各季節感と温度の関係を調べたところ、冬と春のモードはその日の平均気温が約10℃未満のときに観察されました。
6種類のDAM遺伝子の内、DAM4が休眠からの目覚めを抑制しており、この発現レベルが低下することで休眠が解除されることが判明しました。解析の結果、ソメイヨシノは3地域で平均して10.1℃未満の低温に61.1日間曝されると、DAM4遺伝子の発現レベルが休眠解除レベルにまで低下することが示されました(図2)。この休眠打破の鍵となるDAM4の働きに着目した初のモデルを用いて、過去の気象庁の3地点の気温データを用いて休眠打破の時期を予測したところ、1990年から2020年までの間に休眠解除のタイミングが10年ごとに約2.3日遅れていると推定されました。これらの発見は、6つのDAM遺伝子の中でも特にDAM4の遺伝子発現が休眠打破のタイミングを予測する指標となりうることを示しています。

今後の展開

本研究で提案したモデルは、DAM遺伝子を持つ他のバラ科植物、例えばモモ(Prunus persica)、リンゴ(Malus domestica)、ナシ(Pyrus spp.)などの農産物の休眠打破の予測への応用が期待されます。また、推定された目覚めの時期を用いることで、サクラの開花時期をより正確に予測できるようになると考えられます。さらに、地球温暖化が植物に与える影響を予測し、その影響を軽減するための戦略を立てるのに役立つと考えられます。今後は、さらに詳細な時系列データを解析することによって、予測精度を向上させる予定です。

【参考図】

野外に生育するソメイヨシノの一年を通した網羅的な遺伝子発現解析を行った結果を表した図
図1 遺伝子発現量の変化によるサクラの”季節感”
網羅的に遺伝子発現量の変化を捉えた結果、ソメイヨシノには初夏、夏、秋、冬、春の5つの“季節感”があることが分かった。写真は九州大学・伊都キャンパス(福岡)のソメイヨシノ:初夏2023年5月23日、夏2023年8月7日、秋2023年10月6日、冬2024年1月24日、春2024年4月2日、花2024年4月9日に撮影。

 

予測された目覚めのタイミング、開花のタイミングを示した図
図2 DAM4遺伝子発現レベルの変化からサクラの休眠打破のタイミングを予測
遺伝子の働きに着目して休眠からの目覚めのタイミングを予測する初のモデルである。

用語解説

(※1) DORMANCY-Associated MADS-boxDAM)遺伝子
芽の休眠および休眠打破に関連するキー遺伝子。DAM1-6の6つの遺伝子が報告されている。サクラ、ウメ、モモ、リンゴ、ナシやアンズなどの多くの多年生果樹種で同定され、広く研究されている。この遺伝子の発現レベルが閾値以下に下がると、休眠から目覚める。(元に戻る

謝辞

本研究はJSPS科研費 (JP22KJ2410, JP22K17802, JP23H04966)の助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌:Plants, People, Planet

タイトル:Impacts of climate change on the transcriptional dynamics and timing of bud dormancy release in Yoshino-cherry tree

著者名:桑門(宮脇) 温子、韓 慶民、北村 系子、佐竹 暁子
Atsuko Miyawaki-Kuwakado, Qingmin Han, Keiko Kitamura, Akiko Satake

DOI:10.1002/ppp3.10548

URL:https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ppp3.10548(外部サイトへリンク)

 

 

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 北海道支所 主任研究員 北村系子

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

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