研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2025年 > 日本列島の成立とともに歩むツバキの古い歴史 —ヤブツバキとユキツバキの分布変遷を解明—
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2025年1月15日
新潟大学
森林総合研究所
東北大学
大阪公立大学
筑波大学
ポイント (図1 地史とツバキの分布変遷との関係)
ヤブツバキは日本全土に広く自生し、園芸品種の原種として国内外で親しまれてきました。一方、ユキツバキは新潟県の木に指定され、豪雪地帯の文化や自然を象徴する植物として愛されています。日本海側の多雪環境に分布する植物は、太平洋側の近縁種から進化したと考えられることが多く、両種も同様に考えられていましたが、新潟大学佐渡自然共生科学センターの阿部晴恵准教授、森林総合研究所の上野真義チーム長、大阪公立大学附属植物園の廣田峻特任助教、東北大学大学院農学研究科の陶山佳久教授、筑波大学生命環境系の津村義彦教授を中心とする研究グループは、ユキツバキとヤブツバキの起源が、日本列島が大陸から分かれた中新世に遡ることを明らかにしました。
現在見られる植物の分布は、地質時代を通じた地殻変動や気候変動の影響を受け、移動や絶滅、新たな環境への適応を繰り返すことで形成されてきました。ツバキ属は東アジアを中心に100種以上が含まれ、日華植物区系注2を象徴する暖温帯の代表的な樹木であり、これらの変動の中で種分化を遂げてきたと考えられます。
日本ではツバキ属のうち4種が生育しており、その中でも特に馴染み深いのが赤い大きな花弁を持つツバキ節のヤブツバキ(Camellia japonica)とユキツバキ(Camellia rusticana)です(図2)。ヤブツバキは冷温帯の青森県から亜熱帯の台湾や中国沿岸部まで広く分布し、その適応力の高さから、異なる気候帯に対応して進化してきたことが示唆されています。このため、ヤブツバキは植物の適応進化を研究する上で理想的なモデル種といえます。一方、ユキツバキは日本海側の多雪地帯に生育する日本海要素植物注3であり、多雪環境への適応の結果としてヤブツバキから分化したと考えられていました。しかし、この仮説については科学的な検証がまだ十分になされていませんでした。そこで本研究では、日本のツバキ節2種の分布変遷について、遺伝解析や生態ニッチモデル注4を用いて明らかにすることで、その進化の歴史を推測することを目的としました。
図2 ヤブツバキとユキツバキの分布
朝鮮半島や大陸沿岸部、台湾を含むすべての分布域91集団からヤブツバキとユキツバキのサンプルを採取しました。また、最も近縁の大陸種である浙江紅花油茶(セッコウベニバナユチャ)(Camellia chekiangoleosa)などを含め、ゲノムワイドSNP注5による遺伝情報から、種間および集団間の関係や、分岐年代および集団サイズの推定を行いました。さらに、最終氷期最盛期注6(約2万2000年前)の環境条件と現在の環境条件をもとに、生態ニッチモデルを用いた両種の生育適地を推定しました。
その結果、系統解析ではヤブツバキ、ユキツバキおよび浙江紅花油茶は明確に分化していること、3種の共通祖先の分岐時期は約1000万年前と推定されました。これは、地質年代の後期中新世注7にあたり、ちょうど日本列島が大陸から分離した時代です。つまり、2種は大陸からの地理的な隔離によってほぼ同時に種分化したと推定されました。これは、ユキツバキが第四紀更新世注8の氷期サイクルにおいて多雪地環境に適応することでヤブツバキから進化したとする仮説に反し、両種の分岐がはるかに早期に起こったことを示しています。
ヤブツバキの集団は、北、南(中国本土および韓国を含む)、琉球列島—台湾集団が明確に区別でき、特に北の集団が他の集団と明確に分かれていました(図3)。各集団は約330万年前に北集団から南集団、180万年前に南集団から琉球列島—台湾集団、2万7000年前に南集団から大陸集団(韓国を含む)の順で段階的に分岐しました。多くの樹種では、北に分布する集団は、氷期に南下した集団から間氷期に一気に北上して形成された派生集団によって主に占められていることが知られています。しかしヤブツバキの場合、最も祖先的な位置づけとなった北集団は、古くから大規模な集団として存続していたことを示唆しています。また、大陸の集団が日本の南集団から分岐したのは最終氷期にあたり、日本列島が朝鮮半島を通じて大陸と繋がった時代と一致します。生態ニッチモデル解析でも、最終氷期最盛期には、ヤブツバキは南方に拡大し、その分布は中国南東部にもありました(図4)。このため、大陸から日本列島の成立にともない固有化したヤブツバキは、再び大陸へ戻ったと考えられます。この日本列島から大陸への逆散布(逆移入)注9は、島という隔離環境が進化の行き止まりではなく、逆移入することで大陸での種多様性のソースにもなっているという証明の一つになります。
図3 ヤブツバキ集団間の遺伝的関係
図4 生態ニッチモデルによる最終氷期最盛期の2万2000年前、6000年前、現在のヤブツバキとユキツバキの生息適地の推定
赤い色の部分は分布確率が高い地域を示す。
本研究では、日本のツバキが列島形成に伴う種分化を経ており、他の日本固有植物と比較して古い進化史を反映していることを示しました。この研究は、過去の地殻変動や気候変動が植物の分布や適応にどのような影響を与えたのかを明らかにしただけではなく、将来的な気候変動に植物がどのように応答するかを予測することで、ツバキ属の保全に向けた科学的基盤を提供することになります。また、日華植物区系における他種との比較研究により、新たな進化メカニズムの発見が期待されます。
本研究成果は、2024年12月24日、科学誌「Ecology and Evolution」に掲載されました。
【論文タイトル】Evolutionary histories of Camellia japonica and Camellia rusticana
【著者】Harue Abe, Saneyoshi Ueno, Ayumi Matsuo, Shun K Hirota, Hiroki Miura, Mong-Huai Su, Yun-Guang Shen, Yoshihiko Tsumura, Yoshihisa Suyama, Zhong-Lang Wang
【doi】10.1002/ece3.70721
本研究は、上述のほか、GENODAS社の松尾歩氏、浅虫水族館の三浦弘毅氏、中国文化大学のMong-Huai Su氏、中国科学院昆明植物園のYun-Guang Shen氏、Zhong-Lang Wang氏との共同研究で行いました。また、国内外多くの方のご協力と、文部科学省科学研究費助成事業(JP15K07473、JP19K06122、JP18770024)および環境省地球環境研究総合推進費(2005–2009)などの支援を受けて行われました。
(注1)鮮新世:地質時代の一つで、約530万年前から260万年前までの期間を指します。(元に戻る)
(注2)日華植物区系:植物地理学において、中国、日本、朝鮮半島、台湾を中心とした東アジアの特徴的な植物相が分布する地域。(元に戻る)
(注3)日本海要素植物:日本海側の地域に特有の気候条件(多雪や寒冷)に適応した植物群を指します。(元に戻る)
(注4)生態ニッチモデル:環境データ(例:気温、降水量、土地利用など)と、対象種の現在の分布データ(生息が確認された位置情報)を組み合わせて、生物種の分布を予測するモデル。(元に戻る)
(注5)ゲノムワイドSNP:生物のゲノム全体にわたる一塩基多型(SNP)のこと。(元に戻る)
(注6)最終氷期最盛期(Last Glacial Maximum, LGM):およそ2万2000年前ごろといわれ、この時期は、気温が現在よりも大幅に低く、地球全体で氷床が最大限に拡大しました。この影響で海水面が低下し、大陸間で陸続きになった場所がいくつか存在していました。たとえば、日本列島では九州が対馬陸橋を通じて大陸と繋がり、人や動植物の移動が可能になったと考えられています。(元に戻る)
(注7)中新世:地質時代の一つで、約2300万年前から530万年前までの期間を指します。(元に戻る)
(注8)第四紀更新世:約258万年前から1万年前までの地質時代で、氷期と間氷期が繰り返された期間。(元に戻る)
(注9)逆散布(逆移入)(Back dispersal):島嶼(島)で進化した生物が再び大陸に移動し、場合によって定着する現象です。大陸から島への移入が多い中で、近年新たなパターンとして認識されるようになり、多くの事例が見つかっています。(元に戻る)
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