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プレスリリース

2025年2月4日

国立遺伝学研究所
森林総合研究所

サクラ研究の新時代到来
〜オオシマザクラの完全ゲノム配列を公開〜

概要

日本の春を彩るサクラの中で、ひときわ存在感を放つオオシマザクラ。その完全なゲノム配列(1) を国立遺伝学研究所(遺伝研)と森林総合研究所(森林総研)を中心とする「サクラ100ゲノムコンソーシアム」が解読に成功しました。研究チームは、伊豆大島にある樹齢800年以上といわれる国の特別天然記念物「大島のサクラ株」をサンプルとして使用し、高度なゲノム解析技術によりオオシマザクラの全染色体構造を明らかにしました。
オオシマザクラは、日本のサクラ品種の多様化に重要な役割を果たしてきました。特に注目すべきは、日本中で親しまれている ‘染井吉野’ の親の一つであるという点です。1960年代に遺伝研の竹中要博士が、染井吉野がオオシマザクラとエドヒガンの雑種であることを実験データに基づき示しましたが、今回の研究はその知見をさらに深化させるものです。オオシマザクラのゲノム解析は、単にこの種の理解を深めるだけではなく、今後はオオシマザクラが関与したと考えられる多くのサクラ栽培品種の由来や花の色、開花時期、形態などに関わる遺伝子の解明に活用できると期待されます。
本研究を遂行した「サクラ100ゲノムコンソーシアム」は、遺伝研の藤原一道特任研究員、豊田敦特任教授、川本祥子准教授、佐藤豊教授、小出剛准教授、及び、森林総研の勝木俊雄博士をはじめ、サクラゲノム研究を目的として遺伝研や森林総研などの研究者が集まり作られました。
本研究は、2025年2月4日に「Scientific Data」にオープンアクセスとしてオンライン出版されました。

国の特別天然記念物「大島のサクラ株」の写真
写真:「大島のサクラ株(さくらっかぶ)」伊豆大島に自生するオオシマザクラの巨木。
樹齢は800年以上と推定され、1952年に国の特別天然記念物に指定される。折れた主幹から大枝が横に張り出している。(写真提供:伊豆大島ジオパーク推進委員会)

成果掲載誌

本研究成果は、国際科学雑誌「Scientific Data」に2025年2月4日(日本時間)に掲載されました。

論文タイトル:
A Near Complete Genome Assembly of the Oshima Cherry Cerasus speciosa
(オオシマザクラ(Cerasus speciosa)の完全ゲノム解読)

著者:
Kazumichi Fujiwara, Atsushi Toyoda, Bhim B. Biswa, Takushi Kishida, Momi Tsuruta, Yasukazu Nakamura, Noriko Kimura, Shoko Kawamoto, Yutaka Sato, Toshio Katsuki, Sakura 100 Genome Consortium, and Tsuyoshi Koide*
Sakura 100 Genome Consortium (full list): Kazumichi Fujiwara, Atsushi Toyoda, Bhim B. Biswa, Takushi Kishida, Momi Tsuruta, Yasukazu Nakamura, Noriko Kimura, Shoko Kawamoto, Yutaka Sato, Toshio Katsuki, Tsuyoshi Koide*, Akatsuki Kimura, Ken-Ichi Nonomura, Hironori Niki, Hiroyuki Yano, Kinji Umehara, Tazro Ohta, Chikahiko Suzuki.
*責任著者

DOI: 10.1038/s41597-025-04388-z

研究の詳細

  • 研究の背景
    サクラ(バラ科サクラ属、genus Cerasus)は、日本の国花として広く親しまれています。サクラには栽培品種と野生種が存在し、日本国内での有名な栽培品種として ‘染井吉野’ が挙げられます。また日本列島には10種の野生種が存在し、そのうち半分は日本固有種です。多くの栽培品種はこれらの野生種、中でもオオシマザクラに由来して生まれましたが、これまでに日本国内のサクラ野生種の全ゲノム配列は解読されておらず、解読されたのは ‘染井吉野’ をはじめとする一部栽培品種のみでした。今後の日本におけるサクラの遺伝・進化や発生、育種、管理に関する研究を加速させるためには、高詳細な染色体レベルリファレンスゲノム配列(2)が必要でした。
  • 本研究の成果
    本研究では、多くの日本の栽培品種の成立に関わる重要な野生種であるオオシマザクラの全ゲノム配列解読を試みました。解析対象としたのはオオシマザクラの原産地である東京都の伊豆大島にある国の特別天然記念物「大島のサクラ株」で、樹齢800年以上の古木です。東京都を通して文化庁の許可を得てサンプリングし、ゲノムDNAを抽出した後、DNA配列の解読を行いました。通常長鎖・短鎖シークエンシング(3)加えHi-C法(4)を用いて複合的にゲノムアセンブリ(5)を行い、染色体レベルでのアセンブリに成功しました。結果として、ギャップのない総塩基長269.3MbpのTelomere-to-telomere(6)レベルの完全なゲノム配列を生成し、ミトコンドリアおよび葉緑体のゲノム配列もアセンブリに成功しました。さらに、オオシマザクラの染色体8対についてセントロメア(7)領域を解析し、セントロメアが166bpまたは167bpの長さの反復配列で構成されていることが示唆されました。我々の研究では、作成したオオシマザクラゲノムをカンヒザクラやモモのゲノムと比較し、オオシマザクラがカンヒザクラと96%、モモと92%の高い構造的・配列的類似性を持つことを確認しました。

オオシマザクラの完全ゲノムの模式図
図1:オオシマザクラ(桜株)の完全ゲノムの模式図。8本の染色体すべてについて、染色体の構造が明らかになった。外側のサークルは各染色体をあらわし、青いボックスはセントロメア、青い丸はテロメアを示している。多重の線は以下のゲノム配列を示している(外側から2番目:GC塩基の比率、3番目:遺伝子分布、4番目:ノンコーディングRNA遺伝子、5番目:LTR配列、6番目:TIR配列、7番目:LINEおよびSINE配列、8番目:Helitron配列。

  • 今後の期待
    私たちの研究は、ギャップなしのTelomere-to-telomereレベルでの完全ゲノムアセンブリをサクラ属において世界で初めて実現しました。この成果により、生成されたゲノム配列が今後、世界中のサクラ研究におけるリファレンスゲノムとして使用されることが期待されます。また、この「大島のサクラ株」は接ぎ木により増殖して遺伝研構内に植樹を行いました。全ゲノムデータと実際の樹木の活用により、サクラの遺伝的理解が一層深まり、遺伝や分類、進化、発生などの研究や、新たな品種改良や保全に貢献することが期待されます。

用語解説

(1) ゲノム配列
ゲノム配列は、生物の全ての遺伝情報を持つDNAの「文字列」のことです。DNAはA、T、G、Cという4つの塩基で構成されており、その並び順が生物の特徴や機能を決定します。(元に戻る

(2) リファレンスゲノム配列
リファレンスゲノム配列は、特定の生物種における「標準的な」DNA配列全体のことです。これは、遺伝子やゲノムの研究で新しいDNAデータを解析する際の基準として使われます。個々の生物のDNA配列と比較することで、遺伝的な変異や特徴を明らかにできます。元に戻る

(3) 長鎖・短鎖シークエンシング
長鎖・短鎖シークエンシングは、DNAの配列を読み取るための2つの方法です。短鎖シークエンシングは短いDNA断片を高速かつ大量に解析でき、コストも比較的低いです。一方、長鎖シークエンシングは長いDNA断片を読み取ることで、ゲノムの複雑な構造や繰り返し領域をより正確に解析できます。元に戻る

(4) Hi-C法
Hi-C法は、細胞内でDNAがどのように立体的に配置されているかを調べる技術です。DNAの遠く離れた部分が実際には近くで接触していることがあり、Hi-C法を使うとこれらの相互作用を特定できます。元に戻る

(5) ゲノムアセンブリ
ゲノムアセンブリは、生物のDNA断片配列をコンピュータで組み立てて、完全なゲノム配列を再構築するプロセスです。長鎖・短鎖シークエンシングで得られるDNAの断片配列を順番に並べてつなぎ合わせ、生物の全遺伝情報を明らかにします。元に戻る

(6)Telomere-to-telomere
Telomere-to-telomere(テロメアからテロメア)とは、染色体の一方の端にあるテロメア(染色体の末端にあるDNAの繰り返し配列)からもう一方のテロメアまで、ゲノム配列を完全に隙間なく解読することを指します。これにより、これまで未解読だった複雑な遺伝情報も含め、ゲノム全体を詳細に把握できます。元に戻る

(7)セントロメア
セントロメアは、細胞が分裂するときに染色体が正しく分配されるための重要な部分です。細胞分裂時に染色体を引っ張って新しい細胞に均等に分ける役割を果たします。これにより、遺伝情報が正確に次の細胞に伝えられます。セントロメアは複雑な繰り返し構造をもつため、塩基配列の解読が難しい領域です。元に戻る

研究体制と支援

本研究成果は、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 マウス開発研究室(藤原一道 特任研究員、小出剛 准教授)、同研究所 比較ゲノム解析研究室(豊田敦 特任教授)、同研究所 系統情報研究室(川本祥子 准教授)、同研究所 植物遺伝研究室(佐藤豊 教授)、及び、森林研究・整備機構 森林総合研究所 九州支所 産学官民連携推進調整監(勝木俊雄博士)をはじめとする、サクラゲノム研究を目的として遺伝研や森林総研などの研究者が集まりつくられた「サクラ100ゲノムコンソーシアム」が実施しました。
本研究は、情報・システム研究機構戦略的研究プロジェクトにより支援されました。

 

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 樹木分子遺伝研究領域 樹木分子生物研究室 主任研究員 鶴田燃海

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

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