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更新日:2012年8月24日

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関東地方の遺跡出土材の識別による木材利用史の解明

研究問題名: VII.木材の加工・利用技術の高度化

木材利用部 組織研究室 能城 修一

背景と目的

関東地方における遺跡出土木材の研究は1980年代から本格的に展開されるようになり,埼玉県の寿能泥炭層遺跡や赤山陣屋跡遺跡,お伊勢山遺跡,東京都の中里遺跡や袋低地遺跡など,縄文時代や古墳時代などを中心として,木材利用の実態が解明されてきた。しかしまだ研究された地点は関東地方の中央部に限られており,弥生時代の出土例がまったくないなど調査地点および時代が限定されていた。そこで調査地点をふやして地域や時代ごとの違いを比較し,関東地方における過去の木材利用の全体像をとらえることを目的とした。

成果

遺跡出土の木材には,人間の加工が明らかな木製品と遺跡周辺の樹木がそのまま埋まった自然木とがあり,両者を比較することによって,当時の木材資源利用を解明することが可能となる。縄文時代の関東地方中央部では,谷はヤチダモやハンノキ属からなる湿地林によって覆われていた。台地上にはクリやケヤキ,ナラ類(コナラ属コナラ節)などの落葉広葉樹林が広がり,潜在自然植生とされている照葉樹林はほとんど平野内には成立していなかった。縄文時代の木材利用は,青森県の三内丸山遺跡と同様に,関東地方でも圧倒的にクリに傾いており,木道や水場などの杭や板として広汎に利用されていた(表1)。クリの他は,板や割材にナラ類やヤマグワ,トネリコ属が使われ,丸木弓にはイヌガヤが使われていた(表1)。このように縄文時代にはすでに明瞭な樹種選択が行われていた。弥生時代の関東地方南部では,鍬鋤を中心としてカシ類(アカガシ亜属)がもっとも普遍的に利用され,地域によってカヤやイヌガヤ,ケヤキ,クスノキ,サカキ,トチノキなどが用いられていた(表3)。用途別にみると,カシ類の鍬鋤のほかは,容器としてのケヤキとクスノキ,柄としてのサカキなどが特徴的である。鍬鋤にカシ類を用いるのは西日本に共通する傾向で,単に関東地方南部に照葉樹林があるということだけでなく,文化的な背景による樹種選択であると考えられる。古墳時代となると,鍬鍬のカシ類のほかは,クヌギ類(コナラ属クヌギ節)の使用が関東地方の中央部では一般的となり(表1),南部ではカヤ,モミ属,スギ,ヒノキといった針葉樹が選択された。それ以降でまとまった資料があるのは近世の江戸で,この時代になると,運材・加工技術および流通体系の確立を背景として,江戸には様々な材木および木工品がもたらされ,その結果,関東地方には生育していない様々な樹種が遺跡出土材のなかに見出されるようになった(表2)。

表1 関東地方中部の縄文時代から古代の木材利用
樹種名 遺跡 縄文時代
中期–晩期
古墳時代 古代
Jn Ak Jn Kt Ks Sh Jn Ks
杭,板,割材
モミ属         +   +
スギ         +    
ヒノキ属         +     +
クリ       +    
コナラ属クヌギ節     +  
コナラ属コナラ節   +   +        
コナラ属アカガシ亜属           +    
ヤマグワ +       +      
トネリコ属   +            
鍬鋤
コナラ属クヌギ節                
コナラ属アカガシ亜属          
丸木弓
イヌガヤ            
○: 優占, +: 普通
Jn: 寿能泥炭層遺跡(埼玉県大宮市)
Ak: 赤山陣屋跡遺跡(埼玉県川口市)
Kt: 北江古田遺跡(東京都中野区)
Ks: 小敷田遺跡(埼玉県行田市)
Sh: 新保遺跡(群馬県前橋市)
表2 関東地方の江戸時代の木材利用
樹種名 東京都内近世木製品
土木 漆器 樽桶 下駄 総計
イチイ 1
モミ属 35 38 6 9 145
ツガ属 58 57 1 136
トウヒ属 2 1 1 12
カラマツ 7 6 29
トガサワラ 4 1 6
マツ属複維管束亜属 212 184 7 40 467
マツ属単維管束亜属 1 2 3
スギ 55 86 2 155 22 408
コウヤマキ 1 2 4
ヒノキ 8 57 6 209
サワラ 33 4 62
ヒノキ属 86 564 3 66 69 955
アスナロ 13 5 39
ネズコ 1 3 11
クリ 135 6 35 45 286
ブナ属 232 236
ケヤキ 59 32 111
モクレン属 11 6 19
カツラ 1 23 4 29
トチノキ 591 1 592
トネリコ属 53 18 78
キリ 13 13
タケ亜科 2 2 6 17
総計 601 949 1069 347 305 3994
表3 関東地方南部における弥生時代から古墳時代の木製品の樹種
樹種名 常代遺跡 国府関遺跡 池子遺跡群
弥生 弥生末–古墳初 弥生中期 古墳
鍬鋤 容器 板材 鍬鋤 膝柄 斧柄 容器 鍬鋤 石斧 容器 鍬鋤
カヤ 2 7 2 16 6 18 200 9 51
イヌガヤ 23 3 2 35 5 2 137 1 26
モミ属 1 2 3 1 13 1 1 29 98 16 55
スギ 3 7 2 15 49 99
ヒノキ 2 12 29 2 2 5 13
クリ 1 1 5 1 4
スダジイ 1 14 34 1 8 1 1 20 5
コナラ属クヌギ節 1 3 8 4 1 7 1 3 39 1 5
コナラ属アカガシ亜属 53 15 156 120 3 2 198 146 6 35 100 598 37 10 66
ムクノキ 1 1 2 1 16
エノキ属 3 10 1 2 12 23 3
ケヤキ 28 3 36 1 11 36 1 1 4 18 3 67 1 3
ヤマグワ 14 4 1 25 7
シキミ 1 8 1 3 1 24 2
クスノキ 1 34 7 51 2 5 2 6 6 23 3 5
ヤブニッケイ 1 1 5 15
サカキ 1 13 24 8 43 13 9 49 4
ムクロジ 4 17 5 1 8 29 3 10
トチノキ 3 3 15 25
常代遺跡: 千葉県君津市, 国府関遺跡: 千葉県茂原市, 池子遺跡群: 神奈川県逗子市

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