研究紹介 > 刊行物 > 研究成果選集 > 平成14年度 研究成果選集 2002 > シカの個体数管理から森林生態系管理へ
更新日:2012年7月18日
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関西支所 | 野生鳥獣類管理チーム長 | 日野 輝明 |
関西支所 | 森林環境研究グループ | 古澤 仁美 |
関西支所 | 森林生態研究グループ | 伊東 宏樹 |
関西支所 | 生物多様性研究グループ | 上田 明良 |
関西支所 | 生物被害研究グループ | 高畑 義啓 |
横浜国立大学 | 環境情報研究院 | 伊藤 雅道 |
日本各地でニホンジカによる実生や樹皮の激しい食害のために天然更新の阻害や立ち枯れが顕著となり、森林の存続が危ぶまれている。新たに策定された「環境基本計画」では、保全すべき原生的自然環境が劣化している場合には、自然的環境の回復や野生生物の保護管理などの適切な施策によって生物多様性の高い健全な生態系を維持・回復すべきとしている。生物多様性保全を考慮しながら自然環境や野生生物の管理を行っていくためには、生態系を構成するさまざまな生物間の相互作用を明らかにし、それに基づいて生態系全体の動態を予測し、制御手法についての提言を行っていく必要がある。本研究では、奈良県大台ヶ原の森林においてニホンジカやミヤコザサなどを実験的に除去し、これにともなう植生、動物相、土壌の性質等の変化を6年間にわたってモニタリングするとともに、シカ密度の異なる場所で植生や鳥群集の違いを比較調査した。これらに基づき生物間相互作用ネットワークを明らかにし、シカ個体数やササ現存量の管理が生態系の動態に及ぼす効果を予測できるシミュレーション・モデルを構築した。
大台ヶ原には、平均で20〜30頭/km2のニホンジカが生息しており、雪でおおわれる冬季をのぞいて、餌の大部分をミヤコザサに依存している。ミヤコザサは、ほぼ一年サイクルで、葉と稈の生産と枯死をくりかえす。シカの個体数とササの地上部現存量は、現在、ともに安定していることから、両者の関係は平衡状態にあると考えられる。ところが、シカの除去区では、地上部現存量がわずか5年間で8倍近くまで増加した。シカによって食べられなかったササはリターとして、シカによって食べられたササは糞尿や遺体を通じて土壌にかえり、それが養分として、再びササに吸収される。このシカ–ササ–土壌の間の窒素循環の動態についてのシミュレーションモデルを、実際に野外で得たデータをもとに作成した(図1)。さらに、このモデルを拡張させて、シカ個体数増加にともなうササ現存量の減少や枯死稈の増加が、樹木実生、鳥類、地表節足動物、土壌動物の個体数や多様性に及ぼす影響についての調査結果を組みこんだ。
ササの影響は、生物群によってさまざまに異なっていた。例えば、ササ現存量の増加は、樹木実生の生存を妨げる一方で、営巣や採食にササを利用する鳥類や、リターを餌資源とする土壌節足動物の個体数や多様性を増加させた。また、地表徘徊性の節足動物は、ササがまばらにあるところでもっとも多様であった。枯死稈の増加についても、同様に、恩恵を受ける生物とそうでない生物がいた。このように、すべての生物群にとって好ましいシカ密度やササ現存量は存在しないことから、自然環境や野生生物の管理においては、何を優先してどのような生態系の再生・維持を目指すのかを決めることが、まず大切である。
シミュレーションの結果、シカを現在の密度のまま放置すると、更新の阻害と樹木の枯死によって森林は衰退の一途をたどることが予測されたため、シカの駆除を早急に行う必要がある。ところが、駆除によってシカの個体数が減少すると、現在のササ現存量との平衡関係が崩れて、成長速度の大きいミヤコザサの現存量が最大値近くまで回復するために、天然更新が進まなくなることが予測された。また、駆除を中断すると、シカの個体数とササ現存量の間に周期的な変動が生じることや、シカを直接駆除しなくても、ササの刈り取りによってシカの個体数を抑えることができることなどが予測された(図2)。したがって、大台ヶ原の森林生態系を修復するためには、シカの個体数調整とササの刈り取りを同時にかつ継続的に行いながら、それぞれを適正な密度に維持していく必要があり、本モデルによって、そのための方策を提示することが可能になった。
なお、本研究は、環境省地球環境保全等試験研究費「生物間相互作用ネットワークの動態解析にもとづく孤立化した森林生態系の修復技術に関する研究」による。
図1 ニホンジカ–ミヤコザサ–土壌の窒素循環動態モデルとシカとササの管理が生態系の生物多様性に及ぼす影響を調べるためのモデルの概略図
図2 シカの駆除とササの刈り取りにともなうシカの個体数とササ現存量の変化についてのシミュレーション結果
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