研究紹介 > 刊行物 > 研究成果選集 > 平成14年度 研究成果選集 2002 > スギのアレルゲン遺伝子の単離とその利用
更新日:2012年7月18日
ここから本文です。
生物工学研究領域 | 樹木分子生物研究室 | 二村 典宏、伊ヶ崎 知弘 |
生物工学研究領域 | 形質転換研究室 | 毛利 武 |
生物工学研究領域長 | 篠原 健司 |
近年、スギ花粉症患者が激増し、我が国の大きな社会問題になっている。この原因の一つに、戦後人工造林されたスギやヒノキ林の多くが着花年齢に達し、花粉の生産量が急激に増加したことがあげられる。スギ花粉症を引き起こす原因物質として、2種類のアレルゲンタンパク質(Cry j 1, Cry j 2)が同定されている。ヒトの体内にアレルゲンが侵入すると、抗原抗体反応をおこし、くしゃみや鼻水、鼻づまりなどの症状が現れるのである。本研究では、スギのアレルゲン遺伝子を単離し、それら遺伝子の発現特性を解明した。また、新たなアレルゲン遺伝子を探索した。さらに、安定な遺伝子導入技術や遺伝子導入した後の効率の良い個体再生技術を確立した。
スギの花粉で発現する遺伝子の中から、Cry j 1遺伝子とCry j 2遺伝子を単離し、それらの構造を決定した。スギのアレルゲン遺伝子の配列は、スギ科やヒノキ科の樹種では良く類似しているが、マツ科のものとはかなり異なっていた。アレルゲンの構造が似ていることが、スギとヒノキの両方に反応する花粉症患者の多い原因となっている。また、2種類のアレルゲン遺伝子の発現特性を調べると、これらの遺伝子は花粉で大量に発現し、成熟した雄性球果でも発現していた(図1)。Cry j 1はペクテートリアーゼ活性を、Cry j 2はポリメチルガラクツロナーゼ活性を保持している(表1)。いずれも植物の細胞壁に存在するペクチンを分解する酵素であることから、これらアレルゲンは花粉管の発芽や伸長の時期に機能し、細胞壁の再構築に重要な役割を担う酵素であると考えられる。
北米で報告されているビャクシン花粉症では、Cry j 1とCry j 2に相当する主要アレルゲンJun a 1とJun a 2の他に、第3のアレルゲンとしてJun a 3が報告されている。そこで、Jun a 3に相当するスギ花粉アレルゲンCry j 3の遺伝子を探索した。その結果、Jun a 3と42〜57%の相同性を示す6種類のCry j 3遺伝子(Cry j 3.1〜Cry j 3.6)を単離した(表1)。このうちCry j 3.5遺伝子は、Cry j 1・Cry j 2遺伝子と同様に、花粉での発現レベルが高いことを明らかにした(図1)。Cry j 3遺伝子は感染特異的タンパク質をコードしている(表1)。現在、Cry j 3がアレルゲン活性を保持しているのか解析している。
遺伝子組換えによる遺伝形質の改良には、目的の形質を支配する遺伝子、安定な遺伝子導入技術、遺伝子導入した後の効率の良い個体再生技術が必要である。アレルゲンフリーの組換えスギの創出には、単離したアレルゲン遺伝子が利用できる。遺伝子導入技術に関しては、導入遺伝子を吸着させた金属粒子を打ち込むパーティクルガン法を用い、スギの様々な組織や培養細胞に外来遺伝子を導入し、発現させることに成功した(図2)。個体再生技術に関しても、スギの未成熟種子胚を培養して分化全能性を持つ不定胚を誘導することに成功した(図3)。この不定胚は一定条件で発芽、生育させることにより、通常の形態のスギ幼植物体に成長した。不定胚を形成する培養細胞へ遺伝子を導入し、アレルゲン遺伝子の発現を特異的に抑制することで、アレルゲンフリーの組換えスギの創出が可能となった。
本研究の推進により、アレルゲン遺伝子の単離、安定な遺伝子導入技術や効率の良い個体再生技術の確立が図れ、アレルゲンフリーの組換えスギを創出する突破口が開けた。また、単離したアレルゲン遺伝子は安全なペプチド療法やDNAワクチンの開発、新たな機能性食品の開発に利用され、スギ花粉症の治療に役立つことが期待される。
なお、本研究は文部科学省の科学技術振興調整費生活者ニーズ対応研究「スギ花粉症克服に向けた総合研究」による。
アレルゲン | タンパク質の特性 | 主な発現組織 |
---|---|---|
Cry j 1 | ペクテートリアーゼ | 花粉(外壁表面、オービクル外層、細胞質のゴルジ体、粗面小胞体、生殖細胞壁) |
Cry j 2 | ポリメチルガラクツロナーゼ | 花粉(細胞質のアミロプラスト内デンプン粒) |
Cry j 3 (Cry j 3.1〜Cry j 3.6) |
感染特異的タンパク質 | Cry j 3.5 : 花粉 Cry j 3.5以外 : 雌性球果・雄性球果 |
図1 スギにおけるCry j 1、Cry j 2、Cry j 3.5遺伝子の発現
図2 スギ培養細胞へ導入したルシフェラーゼ遺伝子の発現
ホタルのルシフェラーゼ遺伝子による発光が、白い点としてとらえられている
図3 スギの不定胚誘導と個体再生
お問い合わせ
Copyright © Forest Research and Management Organization. All rights reserved.