研究紹介 > 刊行物 > 研究成果選集 > 平成14年度 研究成果選集 2002 > 樹木は外界の情報をどのように受け取るか?
更新日:2012年7月18日
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生物工学研究領域 | 樹木分子生物研究室 | 西口 満、吉田 和正 |
限界環境応答チーム長 | 角園 敏郎 | |
研究管理官(生物機能研究担当) | 田崎 清 |
樹木は同じ場所で長い年月を生きるために、病虫害や温度変化、栄養分の欠乏等の様々な外部環境由来のストレスから自己を守る能力を持つと考えられている。一般に、生物は細胞に存在する「受容体」と呼ばれるタンパク質群によって、外界からのストレスなどの情報を最初に受け取る(図1)。受け取られた情報は最終的に細胞核内の遺伝子に伝わり、必要な遺伝子群を働かせ、タンパク質や化学物質を作る。これらの物質により細胞の状態や増殖・分化は制御され、外部環境の変化に対応していく。
受容体は外界の様々な情報を受け取るために、変化に富んだ多彩な構造をもつタンパク質群から成る。その内、「受容体型プロテインキナーゼ」と呼ばれる一群は、様々な生物種で情報伝達の引き金として機能することが報告されている。樹木の成長や環境応答においても、受容体型プロテインキナーゼが重要な役割を果たしていると考えられるが、世界的に全く研究例が無く早急に研究を推進する必要があった。
遺伝子工学的な実験が可能な樹木であるポプラ(Populus nigra var. italica)を研究に用いた。ポプラのcDNA遺伝子ライブラリーから、受容体型プロテインキナーゼをコードする複数の遺伝子を単離した。それらのプロテインキナーゼの一つ、PnLPK1のタンパク質構造模式図を示す(図2)。PnLPK1は676のアミノ酸からできていると予想されるが、大きく2つの領域に分けられる。一つはレクチン(糖に結合するタンパク質の一般名)に似た領域であり、もう一つはプロテインキナーゼの酵素活性を持つ領域である。2つの領域の間には、受容体であるPnLPK1を細胞膜に留めておくための膜貫通領域がある。実際にPnLPK1がポプラの細胞膜に存在することを、抗PnLPK1抗体を作製して実験的に証明した。
プロテインキナーゼが情報を伝える仕組みは、リン酸基を受け渡しする性質(プロテインキナーゼ活性)にある(図1)。すなわち、外部の情報を受け取ったプロテインキナーゼは構造変化を起こした後に、細胞内のATP(アデノシン三リン酸)からリン酸基を受け取り(リン酸化)、活性状態になる。活性化されたプロテインキナーゼは仲介タンパク質にリン酸基を渡す。リン酸化された仲介タンパク質は、さらに次のタンパク質に作用して活性化させる。これを次々に繰り返して、最終的に情報は細胞核内の様々な遺伝子に到達し、各遺伝子を働かせる。
このようなプロテインキナーゼ活性をPnLPK1が持っているかどうかを証明するために、大腸菌にPnLPK1遺伝子を導入し、遺伝子組換えPnLPK1タンパク質を作製した。このタンパク質の活性を、放射性ATPを用いて調べたところ、マンガン等の金属イオンが存在する時にプロテインキナーゼ活性を示した(図3)。
PnLPK1遺伝子は、ポプラの根や成熟葉、増殖中のカルス(培養細胞)で働いており、若い葉ではあまり機能していない。しかし、若い葉に傷をつけるとPnLPK1遺伝子は働き出す(図4)。
我々が単離したPnLPK1は、樹木では初めて性質が解析された受容体型プロテインキナーゼ遺伝子である。また、傷害によって遺伝子が機能することから樹木の防御機構に関与していると考えられ、PnLPK1の機能をさらに詳しく解明することによって、強い防御能力を持った新しい樹木の開発へとつながる可能性がある。
なお、本研究は文部科学省原子力試験研究「タンパク質のリン酸化を介した樹木細胞の増殖・分化機構の解明」による。
図1 外部環境から細胞内への情報伝達
図2 受容体型プロテインキナーゼPnLPK1の構造模式図
図3 PnLPK1のキナーゼ活性
矢印がリン酸化されたPnLPK1
図4 (a)ポプラの葉への傷害実験 (b)傷害により誘導されたPnLPK1遺伝子
(PnPGK遺伝子は対照として使用)
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