研究紹介 > 刊行物 > 研究成果選集 > 平成14年度 研究成果選集 2002 > きのこの新たな形質転換系開発のため、動く遺伝子をマツタケから発見した
更新日:2012年7月18日
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きのこ・微生物研究領域 | きのこ研究室 | 村田 仁、宮崎 安将 |
細菌さらには植物や動物では、染色体から飛び出し新たな染色体領域に組み込む「動く遺伝子」が安定な形質転換系の開発に利用されてきた。例えば、「動く遺伝子」の一つ、レトロエレメントは染色体から独立した独自の複製を通して遺伝子組換えを起こす。この時、レトロエレメントと隣接する染色体部位がレトロエレメントと一緒に組換えを起こすこともあり得る(図1)。実は、このような「動く遺伝子」は、きのこなどの担子菌ではその知見がほとんど無い。このため、レトロエレメントなどが担子菌で発見されれば、この菌類では未だ確立されていない「動く遺伝子」を使った新たな形質転換系の開発が期待できる。そこで、本研究では、マツタケからレトロエレメントを単離しその構造解析に取り組んだ。
マツタケの染色体より2種類のレトロエレメント、marY1とmarY2N、を単離した(図2)。marY1は全長6.0-kbで、0.43-kbからなる一対の末端反復配列(LTR)が、複製に必要なコート蛋白質(gag)、蛋白質分解酵素(prt)、逆転写酵素(rts)、核酸分解酵素(rns)、及び組換え関与酵素(ins)の遺伝子を挟み込むレトロウイルス特有の構造を持つ。唯一レトロウイルスと異なる点は「感染」に関わる膜蛋白質の遺伝子(env)を持たない点である(図2)。また、marY1のLTRは遺伝子発現に欠かせないプロモーター配列を組換え遺伝子特有の反復配列で包み込む構造を有する。マツタケの染色体上でのmarY1の分布を解析した結果、LTRがrts等の遺伝子よりも多く、しかも染色体上にまんべんなく存在することが明らかになった(図3)。この結果は、複製に必要な酵素などを持たないLTR自体が「動く遺伝子」であることを強く示唆する。
一方、marY2Nはレトロウイルスとは異なる構造をしたレトロエレメントで、このようなレトロエレメントは、きのこやカビなど高等菌類ではあまり報告が無い。marY2NはLTRを持たないが、3'-末端がポリアデニル化したmRNAの特徴を持つ(図2)。この構造はmarY2NがRNA由来のDNAであることを示し、近年提唱されている生物の「RNA起源説」を裏付ける構造である。このタイプのレトロエレメントは脊椎動物や昆虫では数多く見つかっていて、これらの生物の進化の解明などに遺伝子標識として効果的に利用されている。marY2Nもマツタケの染色体上に広く分布する「動く遺伝子」であることが確認された(図3)。
以上の結果から、マツタケから単離された2つのレトロエレメントは構造こそ異なるが「動く遺伝子」であると考えられ、担子菌の新たな形質転換系の開発に有効な遺伝子としてその利用が期待される。近年、担子菌を用いた生物工学が食用きのこのみならず森林再生やバイオマス変換の手段としても注目されていることから、この菌類グループで初めてレトロエレメントが発見され、その構造上の特性が明らかになったことは意義深い。
本研究は、農林水産省技術会議の「パイオニア特別研究」により実施した。
図1 レトロエレメントの複製・組換え様式
図2 マツタケの2種類のレトロエレメントmarY1とmarY2Nの構造的特徴
図3 マツタケ染色体上でのmarY1とmarY2Nの分布様式
レーン1~5:酵素処理で断片化したマツタケ染色体を電気泳動法により大きさで分けた後、サザンハイブリダイゼイション法を用いてLTR末端反復配列とrts遺伝子の分布様式を解析した。左横に示してある物差しはDNAの大きさ(kb=キロ塩基対)を表す。
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