研究紹介 > 刊行物 > 研究成果選集 > 平成14年度 研究成果選集 2002 > ナラ類の集団枯損を引き起こす病原菌とそのベクター
更新日:2012年7月18日
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東北支所 | 針葉樹病害チーム長 | 窪野 高徳 |
生物被害研究グループ | 市原 優 |
1980年以降日本海側の地域を中心に、ナラ類(主に、コナラ・ミズナラ)が集団的に枯れる被害が発生し問題となっている(図1)。さらに、1999年には本州太平洋側に位置する紀伊半島においても被害が報告され、被害は拡大傾向にある。現在の被害地域は、山形県、福島県、新潟県、富山県、石川県、福井県、滋賀県、三重県、和歌山県、京都府、奈良県、兵庫県、島根県及び鳥取県の1府13県に及び、被害はそれぞれの地域で増加している。ナラ類の消失はシイタケ原木や有用広葉樹の損失、あるいは林地保全や景観上の問題としても大きく、早急に原因究明と防除法の確立が求められている。そこで、1998年より特別研究(農林水産技術会議)が開始され、「ナラ類集団枯損の原因となる病原微生物の探索と本病害の感染機構」を明らかにすることを目的として研究が進められてきた。その結果、本被害はカシノナガキクイムシ(以下、カシナガと略す、Platypus quericivorus)によって運ばれる新種の病原菌によって引き起こされる萎凋病害であることが判明した。ここでは、新たに発見された病原菌の形態、伝染機構及び萎凋現象について報告する。
各県の被害地から採取したミズナラ枯死木の変色辺材部から菌類分離試験を行った。その結果、常に高頻度で、明るい茶褐色の菌叢を得た。本菌を健全な18年生のミズナラに人工接種したところ、林地で発生する枯死症状と同一の病徴が再現され、本菌がナラ類集団枯損の病原菌であることが判明した。本菌の形態的特徴は、アンブロシア菌類(キクイムシと共生関係にある菌類の総称)に属する、Raffaelea属菌と一致した。現在までに、Raffaelea属は10種が報告されているが、本菌はこれら10種のどの菌種よりも「細く長い分生子柄を持ち、また、小型の倒卵形-洋なし形のシンポジオ型分生子を有すること(図2)」で区別された。以上の結果から、本病原菌はRaffaelea属菌の新種と決定し、Raffaelea quercivora Kubono et Shin. Ito, sp. nov.と命名記載した。
ナラ類集団枯損被害の特徴は(1)枯死木には例外なく大量のカシナガの穿入があること(図3)(2)辺材部にはカシナガの孔道に沿って褐色の変色域が形成されていること(3)枯死過程は、カシナガの穿孔後7月下旬から8月にかけて急激に萎凋し、真っ赤に枯れること、の3点である。これらの現象から、体長約 4.5mm のカシナガ(図4)が枯損被害に深く関与していることが示唆された。そこで、カシナガの行動に着目して、病原菌の感染ルートの解明を行った。その結果、前年枯れたミズナラから取り出したカシナガの雄成虫、雌成虫、蛹、幼虫のそれぞれの体表面から病原菌が分離された。また、カシナガの雄や雌成虫が穿入した直後(1週間以内)の健全なミズナラの孔道壁からも病原菌が分離された。これらの実験結果から、病原菌はカシナガ雄及び雌成虫の両者がベクターとなって、健全なナラの樹体内に持ち込まれることが明らかとなった。
健全なミズナラに病原菌を人工接種した結果、病原菌が繁殖した部位に水が通らない現象が確認された(図5)。この結果から、ナラが萎凋枯死する原因は、辺材部の通水機能の低下であることが判明した。また、被害実態調査の結果、ナラの萎凋枯死は、数百頭という大量のカシナガが集中的に穿入し(集中加害)、多くの病原菌が樹体内に持ち込まれた場合に発生することが突き止められた。
数年に及ぶ一連の研究結果から、現在我が国で猛威を振るっている「ナラ類の集団枯損被害」は、カシノナガキクイムシによって運ばれるRaffaelea quercivoraによって引き起こされた萎凋病害であることが明らかとなった。現在は、これらの研究成果をもとに、ナラが急激な萎凋枯死に至るメカニズムの解明と本被害に対する最良の防除方法の開発に取り組んでいる。
図1 ナラ類集団枯損被害地
図2 病原菌胞子の電子顕微鏡写真 (X 5,000、Scale;1μm)
わずか4μmの胞子(矢印)がカシノナガキクイムシ成虫によって運ばれる
図3 地際部に集中加害を受けて萎凋枯死したミズナラ
矢印はカシノナガキクイムシの穿入によって排出された多量のフラス(木屑と糞の混合物)
図4 病原菌のベクターとなるカシノナガキクイムシ(Scale;1mm)
図5 病原菌接種結果(8年生ミズナラ)、変色域の形成と水分通導阻害を示す
矢印a;水分が通っている部位(赤く染まっている部分)
矢印b;水分が通っていない部位(白色、変色部分 )
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