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研究情報 No.70 (Nov. 2003)

巻頭言

シカによる適切な森づくり

野生鳥獣類管理担当チーム長 日野輝明

ちまたでは、家のリフォームがちょっとしたブームのようです。そして、日本各地の森林でもまた、大がかりなリフォームが進行中です。その担い手は、この20年から30年の間に、個体数を飛躍的に増加させたニホンジカ(以下、本号においてシカ)です。シカは草本、特にササが大好物で、彼らによってリフォームされた林床は、まるで芝がきれいに刈り取られたゴルフ場のようです。また、低木もほとんどなく、森林の中でもかなり遠くまで見通すことができます。これは、シカが芽生えや幼木を食べてしまうために、次世代を担う若木が育っていないことを示しています。さらに、シカは樹皮までも食べてしまうために、現在立っている高木さえ枯らしてしまいます。その結果、例えば、西日本有数の原生林が残る奈良県大台ヶ原は、40年ほど前にはまだ、林床が苔むした鬱蒼とした森におおわれていましたが、いまでは増えすぎたシカの過度のリフォームによって、すっかり明るい林に変わり果ててしまいました。このまま放っておくならば、貴重な原生林がササ原に変わってしまうのは時間の問題でしょう。

では、シカがいなくなれば森林はよみがえるでしょうか。答えはNOです。なぜならば、シカも森林生態系の大切な一員だからです。適正な密度であれば、他の生物にとって力強い味方になることだってできるのです。シカによる森林のリフォームは昔から行われていたはずです。そして、それは森林を形づくる樹木や草本にとっても、また、そこに住みついている他の生物にとっても、快適なものだったに違いありません。例えば、ササはある程度食べられて丈が抑えられていた方が、芽生えが成長に必要な光を得るには好都合です。またその方が、湿潤な土壌が保持されるため、地表で活動する虫の種類や数も多くなります。キツツキは枯れ木に巣穴を作りますし、その巣穴は他の鳥やリスなどに再利用されます。つまり、いま問題なのは、シカが増えすぎたために、彼らの生態系の中での重要な役割であった森林のリフォームが、森林を破壊する結果になってしまっていることなのです。

したがって、森林をよみがえらすためにまずやるべきことは、生態系を構成するさまざまな生物どうしの関わり合いを明らかにし、そのバランスを崩すことのない適正なシカ密度を明らかにすることです。いいかえれば、より多くの「住人」が快適に住める「すみか」を作り出すことのできる「匠(たくみ)」の数を知らなければなりません。個体数調整によって、シカが適当な数になり、生態系の中での本来の役割を適切に果たせるようになれば、森林もまた元の健全な姿へと変わっていくことでしょう。しかし、問題が一つあります。それは、シカの数を減らすと、それまで現存量の抑えられていたササが一気に回復すると予測されることです。そうなると、今度はササの影響で芽生えは成長できなくなるため、森林が再生してくるまでには、50年から100年に一回起こるといわれているササの一斉枯死を待たなければいけません。そんな場合には、人間がササを刈ってあげるというお手伝いをしてあげることも一つの方法でしょう。

研究紹介

シカとササがウラジロモミ実生に与える影響

伊東宏樹 (森林生態研究グループ)

動物が森林の植物に与える影響にはいろいろなものがあります。大台ヶ原でも、シカが樹木の皮をはぎ取り、枯らしてしまうことがあります。こうして林の中が明るくなると、ササがよく茂るようになり、林床面が暗くなって、樹木の実生(種子から発芽してきた芽生え)が育ちにくくなると考えられます。ここで、シカやネズミがササを食べると、ササが減って林床面が明るくなり、実生がよく育つようになるかもしれません。しかし、シカやネズミは樹木の実生も食べると考えられます。実際のところ、ササを減らすことによる間接的なプラスの効果と、実生を食べるという直接的なマイナスの効果のどちらの方が大きいのでしょうか。大台ヶ原の野外実験区(図-1)でウラジロモミ(写真-1)について調査した結果、以下のようなことがわかりました。

illustration
図-1 野外実験区の模式図
(A~Dは次ページ図-1に対応する)
photo
写真-1 ウラジロモミの実生

野外実験区では、シカ、アカネズミおよびヒメネズミ(以下、ネズミ)、ミヤコザサ(以下、本号においてササ)のそれぞれについて、柵を作って入れないようにしたり、刈取ったりするという処理をおこないました。これらの排除/非排除の処理の組み合わせにより、2×2×2=8とおりの処理がおこなわれたことになります。そのそれぞれについて、1997年に発生してきたウラジロモミの実生が2002年までにどれだけ生き残っていたかを比較しました。

図-2に結果を示します。まず、実生の発生数についてみてみます。図中の2段の棒をあわせた高さが実生の発生数となります。ネズミ排除処理区では、そうでないところよりも実生の発生数が多い傾向がありました。これは、ネズミが、ウラジロモミの種子か、あるいは発芽後早い段階の実生を食べているためだと考えられました。

 

graph

図-2 各処理の組み合わせごとのウラジロモミの1m2あたりの生存数および死亡数.
×を重ねてあるものはその要因の排除処理を行ったことを,○を重ねてあるものは排除処理を行わなかったことを表す.

次に、生存数と死亡数とを比較してみます。すると、シカ排除処理区(図-2で、シカに×がつけられている処理区)では、対照区(図-2で、シカに○がつけられている処理区)よりも死亡の割合が低いことがわかりました。同様に、ササ刈取り処理区(図-2で、ササに×がつけられている処理区)と対照区(図-2で、ササに○がつけられている処理区)とを比較すると、前者の方で死亡の割合が低いことがわかりました。これらは統計的にも有意な差があると認められ、また両者を比較するとシカの影響の方が大きいこともわかりました。ネズミは、発芽後の実生についてはあまり影響を与えていないようでした。

一方、シカ・ネズミがササを食べることによる間接的なプラスの効果は、1997年に発生したウラジロモミにはあまりないことがわかりました。これには、発生してきたのが実験開始直後で、そのころにはまだササが十分には回復していなかったということも関係しているものと考えられます。また、もっと被陰に弱い他の樹種ならば、ササの影響が大きくなり、そのため動物-ササの間接的な効果も大きくなるかもしれません。こうした点についてさらに研究を進めていきます。

シカはササを食べて森林土壌を変える

古澤仁美 (森林環境研究グループ)

最近日本各地の森林でシカが増えているといわれ、シカが植物を食べることによって植物の種類や量が変わったという報告がされています。大台ヶ原でもシカが増えて森林の植物に大きな影響を与えています。大台ヶ原では、シカは森林の林床を一面に覆っているササを主なエサにしています。そのため、ササは10cm位の高さで刈り込まれたようになっていますが、もしもシカが食べないでいればササは本来90~100cmの高さになる植物です。

ササが林床を覆うことには森林にとって重要な役割が3つあります。まず1つめは、ササとその落ち葉(リター)の養分貯蔵庫としての役割です。ササは毎年新しい地上部(葉と稈)をだし、昨年に成長したササの地上部は秋までに枯れて、リターとなって土壌の表面にたまります。ササが大きいほど毎年のリター量も多くなります。リターの中にはササが吸った養分が入っています。リター中の養分はリターがだんだん分解されていくにしたがって土壌中へ入いり込んでたまったり、植物が吸うことができる養分に変わったりします。2つめは、雨で土壌やリターが流されることを防ぐ(森林から養分が失われることを防ぐ)役割です。3つめは、土壌の温度の変化をやわらげたり、水分保持をすることです。それに対し、シカはササを食べてササの量を減らすことで、ササの効果を変えているかもしれません。

そこで、1997年の春に図-1にあ-るような処理区を作ってササとシカが土壌中の養分、土壌とリターの移動量、土壌の温度・水分にどのような影響を与えているか調べました。処理区はシカ除去・ササあり区(図-1; A)、シカ除去・ササ刈り区(B)、シカあり・ササあり区(C)、シカあり・ササ刈り区(D)、の4つです。シカあり・ササあり区(C)が対照区(現在の大台ヶ原の状態)です。シカ除去・ササあり区(A)では年数がたつとともにササの地上部の量が多くなり、2000年以降は横ばいです。

 

illustration
図-1 処理区のイメージ
(前ページ図-2に対応する)

植物にとって重要な養分の1つであるアンモニウムイオンに着目すると、2000年以降、土壌中でアンモニウムイオンが発生する速度や土壌中の水溶性アンモニウムイオン濃度はササあり区の方がササ刈り区より高い傾向がありました。土壌中では微生物がリターをエサにしてアンモニウムイオンをつくり出しています。おそらく、ササ刈り区では毎年落とされるササリターが少なくなったため、微生物のはたらきが低下したと考えられます。一方、ササの地上部の量が多いA区では、アンモニウムイオン発生速度が大きくなる傾向がありました。

土壌とリターの移動量について2000年に測った結果では、対照区(C)の土壌とリターの移動量は日本のいろんな広葉樹林で過去に測定された値と比べて1.2~4.3倍多いことが分かりました。一方、ササの地上部の量が大きいA区では移動量が他の広葉樹林での値と同程度であることが分かりました。

A区の土壌の温度は、C区と比べて夏に低く冬に高い傾向があり、2つの区の温度差は1999年頃から年々大きくなりました。2001年8月の月平均地温はA区ではC区より2℃低くなりました。この差は小さいようでも、土に住む生き物の種類や数に影響するかもしれません。

また、A区の土壌は他の区に比べて最も乾きやすい傾向があり、ササが土壌から水分を吸収するためと考えられました。次いでD区で乾きやすい傾向がありました。この区では、ササの量が最も少なくて土の表面が見える状態になっています。そのため土の表面から水分が蒸発しやすいと考えられました。ササの量が中程度であった対照区(C)で最も湿りやすい状態でした。これらのことから、表層土壌を湿った状態に保つには現在の大台ヶ原のササの量がちょうど良いと考えられました。

以上のように、シカがササを減らすことで、土壌に様々な影響を与えていることが分かりました。大台ヶ原の生態系をどうしたら良いかを考えるときには、土壌への影響も頭にいれておく必要があるでしょう。

連載

森の病気を探る (3)
水ポテンシャルの測定による水ストレスの評価

高畑義啓 (生物被害研究グループ)

植物が光と二酸化炭素、水から炭水化物を合成(光合成)して生きていることは、ご存知の方が多いでしょう。しかし、光合成は厄介な問題も引き起こします。光合成に使われる二酸化炭素は葉の表面にある気孔から葉の中に入りますが、気孔からは水蒸気も出ていってしまう(蒸散)のです。蒸散の盛んなときに充分な水が供給されなければ、水が不足して生命活動に支障が生じます。このような状態を、「水ストレスを受けている」と言います。水ストレスがひどいと植物は気孔を閉じますが、このときは光合成もほとんどできなくなってしまいます。

真夏のお昼ごろには健康な植物であっても水ストレスを受けているのが普通です。根から吸収される水の量が蒸散で失われる量に追いつかないのです。健康な状態でもそうですから、土壌の乾燥や根や幹、枝の病気で水の吸収や輸送に支障があれば、必然的に植物は強い水ストレスを受けます。普通は日中に水ストレスを受けても翌朝までに回復するのですが、うまく回復しないような状態が続くと成長が悪くなったり葉がしおれたり、ひどいときには植物全体が枯れてしまうことになります。

水ストレスの程度は、水ポテンシャルという値で知ることができます。この値の測定法には「サイクロメーター法」「プレッシャーチャンバー法」などいくつかの方法があり、樹病学ではプレッシャーチャンバー法(写真-1)を使う場合が多いようです。これは、葉や枝を耐圧容器に入れて圧力をかけていき、容器の外に出しておいた切り口から植物体の中の水がにじんできた瞬間の圧力を読み取り、それを水ポテンシャルとするというものです。

水ポテンシャルを測定することで、たとえば、病原体が感染した後、いつごろ、どの程度の水ストレスが生じるのかを調べることができます。また、外見にはまだ異常がない段階で、植物が受けている水ストレスを確認できます。直接確認することが難しい根の病気や土壌環境の変化なども、水ポテンシャルの測定で検出できる場合があります。植物が健康かどうかを判断する検査方法は、今はまだそれほど多くは知られていません。水ポテンシャルの測定は、比較的古くから知られている重要な手段の一つです。

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写真-1 プレッシャーチャンバー.
実際に使うときにはボンベをつなげて測定します.

おしらせ

関西支所研究発表会が開催される

10月14日京都市アバンティホールにおいて、「生態系をどう蘇らせるか」をテーマに、平成15年度関西支所研究発表会が開催されました。「生物間相互作用に基づく森林生態系管理-大台ヶ原を例に-」の研究発表に引き続き、東京大学大学院教授・鷲谷いづみ氏による、特別講演「生物多様性と自然再生」が行われました。

当日は339名の方々に参加していただき、大変盛況に行うことができました。

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現在の大台ヶ原の様子

京都市長より特別感謝状を受賞する

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10月15日京都市自治記念日に当たり、当所は「生き方探究・チャレンジ体験特別感謝状」を頂きました。21世紀を担う中学生が、地域を中心とした各事業所などにおいて、興味・関心に応じて職場体験、奉仕体験など、日ごろ学校や家庭では体験できない社会体験活動に取り組み、これらを通じて自らの在り方、生き方を考えることができるよう支援する推進事業に貢献したことに対して、当支所が感謝状を頂きました