文字サイズ
縮小
標準
拡大
色合い
標準
1
2
3

森林総研トップ

ホーム > 研究紹介 > 刊行物 > 森林総合研究所関西支所年報第41号 > 年報第41号 関西支所研究成果発表会記録

ここから本文です。

年報第41号 関西支所研究成果発表会記録

遺伝子から森を見る
―DNA情報を用いて森林のしくみを探る―

井鷺裕司(造林研究室)

1. はじめに

森林で樹木の集団がどの様に維持、更新しているのかを明らかにするためには、花粉や種子の散布様式や、いろいろな個体の血縁関係を知ることが重要である。また、現在、地球上にあるすべての森林生態系は多少なりとも人為攪乱により面積が減少し、断片化が進んでいるが、断片化が樹木に及ぼす影響を明らかにするためには、取り残された森林の遺伝的な構造や、新たに発生してきた芽生えの親を知ることが必要となる。

従来、これらの疑問点に対して直接的な測定や分析は不可能であったが、最近のDNAに関する著しい分析技術の進歩によって、直接的に解析できるようになった。そのような解析を通して明らかになった、森林の更新過程について紹介する。

2. 方法

森林生態系における遺伝子流を直接的に測定することで断片化の影響を評価するために、きわめて高解像度の親子解析や個体識別が行えるマイクロサテライト遺伝マーカーを、様々な生活史戦略を示す植物を対象に開発し、野生個体群において分析を行った。これまで開発を行った種は、シラカシ、ホンシャクナゲ、トチノキ、ホオノキ、ショウジョウバカマなどである。野外個体群を対象とした調査は、異なった受粉システム、種子散布システムを持つ樹種として、シラカシ(風媒、重力・動物種子散布)とホオノキ(虫媒、鳥種子散布)を選定して行った。シラカシの調査林分は京都市伏見区内にある面積約0.3 haの孤立林分である。ホオノキの調査は茨城県北茨城市の小川学術参考林で行った。この林は約70ヘクタールの集水域が比較的保存状態の良い広葉樹の天然林に覆われているが、そのまわりは針葉樹植林地や農地に囲まれている

3. 結果と考察

分析の結果、シラカシ、ホオノキともにきわめて活発に外部の個体と遺伝子を交換していることが明らかになった。シラカシの場合、稚樹の世代が持つ遺伝子の33%が、またホオノキの場合は57%が外部の個体から受け継いでいた(図-1)。種子の移動による遺伝子流は、鳥散布種子のホオノキで大きく、花粉による遺伝子流は風媒花のシラカシで大きかった。これは、遺伝子流が個々の樹種における生活史上の特徴を反映したものとなっており、興味深い。また、特定の母樹から採集した種子の父親を割り出したところ、花ごとに父親の構成、花粉移動距離、自殖率などが著しく異なるという意外な結果も得られた。

人為環境下において、森林の多様性を維持するにはどの様なランドスケープ構成要素の配置や管理が望ましいのか、どの程度まで断片化が進めば弊害が起こるのか、樹種固有の生活史の特徴を反映して断片化の影響を受けやすい樹種はあるのか、絶滅が危惧される種はどの程度危うい状況にあるのか、といった保全上重要な疑問に答えるためには、様々な生活史戦略や断片化の状況下にある植物を対象に、遺伝子レベルで更に詳細に研究を進めなければならない。

graph
図- 1 孤立したシラカシ個体群とホオノキ個体群における遺伝子の流れ

先端機器で森を診る
―樹木の渇きのシグナルを捕える―

池田武文(樹病研究室)

1. キャビテーションとエンボリズム

樹木を形作る組織のうち、幹や枝、根のほとんどは木部と呼ばれる組織からできている。この木部には道管や仮道管という水を通す組織があり、根で吸収した水を葉まで運ぶパイプの役割を果たしている。パイプの中の水は、連続した水の柱となって繋がっている。蒸散によって葉の細胞から水が失われると、それを補うために水柱が引き上げられる。ところが、水不足、つまり樹木にとっての渇きの程度が厳しくなると、引き上げる力が大きくなる。その力がある限界を超えると、すでに空洞化している隣り合った道管や仮道管の壁孔膜の微細な孔を通って空気が水柱に引き込まれて空洞が形成され、水柱が途切れる。この現象をキャビテーション(空洞形成)と呼ぶ。その結果、道管や仮道管には空気が充満してエンボリズム(塞栓症)を起こし、水が通らなくなる。エンボリズムが木部の一部だけで生じている時、水はその部位を迂回して上昇するので、樹木の成長が著しく低下したり、枯れたりすることはない。ところが、多くの箇所でエンボリズムが起こると、樹木は枯れる。

2. キャビテーションの検出

キャビテーションが発生して水柱が途切れると、水柱にかかっていた引っぱりの力に相当するエネルギーの一部が弾性波となって放出される。この現象をアコースティック・エミッション(AE)と呼ぶ。木部の中で発生したAE波は樹体内を伝播して幹の表面に取りつけたAEセンサで検出することができる。この方法を使うと樹木を破壊することなく、連続してキャビテーションをモニターすることができる。この方法は、地中で発生した地震を地表に設置したセンサで検出するのと同じ原理である。

3. マツ材線虫病にかかったマツに発生するキャビテーション

わが国のマツ類に激しい枯損被害をもたらしているマツ材線虫病は、マツノザイセンチュウを病原とする萎凋病である。この病気にかかったマツでのキャビテーションの発生を、先に示したアコースティック・エミッションを測定することで知ることができる。センチュウ接種後、病気の進展前半に頻度は低いもののキャビテーションの発生が見られ、後半になると非常に高い頻度で集中的にキャビテーションが発生する。その結果、マツの木部では広範囲にエンボリズムが起こり、マツの水分通導は停止する。

4. エンボリズムの診断

エンボリズムを起こした樹体内はどのようになっているのだろうか? その状態はMRI(磁気共鳴画像法)装置で見ることができる。その装置は、人間の脳ドックなどで広く使われている医療用機器である。この機器でマツ材線虫病に罹ったマツの内部を見ると、始めは白く映る水の抜けた部分(エンボリズムを起こした部分)が散在し、病気の最終段階になるとマツの木部全体が白くなって水分の通導が失われ、急激に萎凋が進み枯死することが分かる。

工学や医学分野で開発された機器を利用することで、樹木の生きざまの新たな側面を知ることができるようになりつつある。