自然探訪2011年7月 ヒメハルゼミ
ヒメハルゼミ (Euterpnosia chibensis)
成虫の体長はオス24-28mm、メス21-25mm、羽端までは35mmほどです。羽は透明で、体はほぼ全身が褐色~黒褐色をしています。ヒグラシを小さく黒くしたような外見です。奄美大島周辺から本州中央部まで分布。日本海側では新潟県糸魚川市能生を、太平洋側では茨城県笠間市片庭を北限とする日本固有種です。
シイ・カシなどの照葉樹林に特異的に生息します。照葉樹林が開発・伐採されることにより生息地が各地で減少し、現在では開発の制限されたいわゆる「鎮守の森」などに局所的に生息することが多いようです。国の天然記念物指定を受けた茨城県笠間市(楞厳寺(りょうごんじ)・八幡社周辺)、千葉県茂原市(八幡神社)、新潟県糸魚川市(白山神社)もすべて寺社林です。茨城県ではさらに石岡市の小山田と菖蒲沢が市の天然記念物として指定されています。成虫の発生は本土では6月終わり頃から7月下旬頃です。
鳴き声は神秘的です。初めてこれを聞くときは、みなさん感動するようです。昼過ぎごろから単発的に鳴き始めますが、ピークは日没前後です。始めは数頭が晩夏のアブラゼミのようにジーワ・ジーワと弱々しく鳴きますが、俄に堰を切ったように周りの仲間が一斉に唱和し、森全体が夕立のようなシャーという大音響に包まれます。音質は倍音を伴った低域部と超音波域まで延びる高域部からなり、まるで大伽藍でお経の合唱を聞いているようです。この蝉時雨は強くなったり弱くなったり、うねりながらも延々と一時間近くも続きますが、また突然何もなかったかのように急速に終焉を迎えます。気がつくと辺りはもうすっかりと黄昏て、待っていたかのようにヒグラシが鳴き始めます。
このような神秘性のためかヒメハルゼミに関わる伝説があります。茨城県中部笠間の北10km城里町に徳蔵寺という寺があります。昔、弘法大師空海が、この地を訪れしばらくこの寺に滞在していたときのこと、ここに住む徳蔵姫が空海に一目惚れをして、片時も離れようとしなくなってしまったのです。困り果てた空海は、大きなカヤの木で一夜のうちに自分の座像を作り、それを身代わりにして、翌朝こっそりとこの地を離れたのです。それを知った姫はたいそう驚き、すぐさま彼を追いかけ片庭という地まで来て、遠くを見渡せる高い木に登りました。しかし愛しい空海の姿はすでになく、木の上でいつまでも泣き続ける姫は、いつしかセミになっていました。これが片庭すなわち楞厳寺のヒメハルゼミ(姫春蝉)だといわれています。この地が北限だというのも切ない偶然です。
みなさんも、悲恋伝説に思いを馳せないまでも、この夏はぜひ、お近くのパワースポット鎮守の森で音の曼荼羅に癒されてください。