更新日:2017年8月29日

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九州地方における希少樹種ヤクタネゴヨウの保全例 

                                   
 千吉良 治
 独立行政法人 森林総合研究所 林木育種センター   

九州育種場 育種研究室長

 

⒈はじめに

 九州地方における希少樹種の保存の取り組みの一例としてヤクタネゴヨウ(Pinus amamiana Koidz.)の生息域外保存の取組について紹介します。なお、ヤクタネゴヨウは文献によっては、Pinus armandii の変種(Pinus armandii Franch.var. amamiana (Koidz.))として扱われているため情報収集の際の文献検索等は注意が必要となります。

⒉ヤクタネゴヨウとは

  ヤクタネゴヨウは屋久島と種子島のみに天然分布する五葉マツです(写真-1)。ヤクタネゴヨウという和名の由来は、屋久島のヤク、種子島のタネ、五葉マツのゴヨウからそれぞれとり、組み合わせたものと推察できます。

 日本に天然分布する五葉マツは、ヤクタネゴヨウの他にヒメコマツ(P. parviflora var. parviflora) 、キタゴヨウ(P. parviflora var. pentaphylla)、チョウセンゴヨウ(P. koraiensis)があります。その他に東アジアに分布する五葉マツとしては、中国の海南島やベトナムに分布する P. fenzeliana、中国の雲南省等に分布するP. wangii、中国の山西省、河南省、及び河北省等に分布するP. armandii, 及び台湾に分布するP. morrisonicola等があげられます。

 現存する推定個体数は、種子島と屋久島でそれぞれ100個体と1,000~1,500個体とされ(山本ら 1994)、一部の生息地の調査からは個体数の減少が確認されてます(Kanetani et al. 2001)。また、環境省のレッドリストで絶滅危惧IB類(EN)に指定されてます。ヤクタネゴヨウの分布の概要を山本らの報告にしたがって、図―1に示しました。

 ヤクタネゴヨウはマツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophilus Nickle.)を人工接種することにより枯損することが確認されており(Akiba and Nakamura 2005)、生息域等の枯死木や生存木からマツノザイセンチュウが検出され、マツノザイセンチュウが生存木の一部を枯損したことが確認されています(Nakamura et al. 2001)。これらのことから、現在までの生息数の減少にマツ材線虫病が関係していると考えられ、今後の生息数の推移にもマツ材線虫病が大きくかかわるものと推測されます。

                            2014_no2_illust-1                             写真ー1                                                        2014_no2_illust-5                             図ー1

⒊ 種の保存に必要な個体数を目標とした生息域外保存

 樹木を生息域外に保存するには、成体を保存する方法、種子で保存する方法、及び他の方法に花粉での保存等を補助的に組み合わせる方法があります。ヤクタネゴヨウについては、長期に保存でき、なおかつ、有性生殖により継代的な保存が可能な成体での保存を選択しました。成体保存をするには、種子を採取して播種し育苗する、あるいは枝等を採取してさし木やつぎ木または組織培養等の手法を用いて栄養繁殖を行うという、大きく分けて2通りの方法が考えられます。ヤクタネゴヨウでは、着果する個体の頻度が少なく、また発芽能力を持つ種子の割合が低いことが指摘されていたため(林 1988)、栄養繁殖手法を採用することとしました。栄養繁殖手法では、高樹齢でも安定してクローン増殖が可能な手法で、マツ類で良く用いられているつぎ木を採用し、つぎ木台木は、入手が容易なクロマツ(P. thunbergii)を用いることとし、100~200個体程度を当面の保存個体数の目標としました。

4.つぎ木による生息域外保存

  つぎ木を行うには、まずは現地の生存個体からつぎ穂を採取する採穂を行う必要があります。林木育種センターでは、林木の品種改良を進める過程で、既存林分等から採穂する作業に関する技術はすでに蓄積がありました。当時まで主に用いられていた方法は、改良したブリ縄等を用いて木に登り、高枝切り鋏等で採穂する方法で、マツノザイセンチュウ抵抗性クローンの採穂等で活用されていました。しかし、ヤクタネゴヨウは主に足場の悪い急傾斜の斜面に生育するため、多くの道具を人力で搬送する必要があるこの方法は不都合が多く、樹高を測定するために林業関係者に広く使われている測高稈に鎌の刃を取り付けた器具を作成し使用しました(写真―2)。全長12m以上のグラスファイバー製で先端がしなる測高稈の先に鎌を付けて穂を採取するのは至難の業に思えましたが、操作に習熟すれば条件によっては従来の採穂方法に比べて効率的に採穂を行うことが可能になりました。従来の手法で採穂した1989年と1993年の採穂個体数がそれぞれ12個体と22個体であったのに対して、測高鎌を採用した1994年から1998年の5年間の採穂個体数の平均は43.6個体です。採穂に要した人員や行程等は採穂年によって多少の違いはあるものの、測稈鎌の採用が採穂の効率向上に大きく貢献したことを示しています。ちなみに林木育種センター職員は、この測高稈に鎌の刃を取り付けた器具を測稈鎌とよび、遺伝資源の収集、品種開発の際の採穂等で現在でも活用しています。

 九州育種場では、1989年に採穂を開始し、順次つぎ木により九州育種場内に植栽し保存してまいりました。1994年から1998年迄は、鹿児島森林技術総合センターと共同で採穂とつぎ木を行い、九州育種場と鹿児島森林技術総合センターにそれぞれ植栽し保存し、2002年には、林野庁九州森林管理局の「ヤクタネゴヨウ増殖・復元緊急対策事業」を受託した社団法人林木育種協会が採穂とつぎ木増殖を大規模に行い九州育種場、屋久島の鍋山国有林、及び種子島の大林国有林に植栽しております(塩崎 2010)。収集した個体の内つぎ木を行い、九州育種場の構内に定植済みのクローン数は、2013年現在で1989年から1998年にかけて収集した穂木由来の70クローン、及び2002年に収集した穂木由来の129クローンです。1989年から1998年にかけて収集した個体と2002年に収集した個体には重複があるものの少なくとも153クローンが定植して保存されています。

                        2014_no2_illust-3                          写真ー2

5.生息域外保存個体間の人工交配による増殖

   種の保存を永続的なものにするためには、比較的長寿命の種が多い樹木でも有性繁殖が必要です。ヤクタネゴヨウの有性繁殖については、限られた観察例ではあるものの、着花する個体の割合が少ないうえに、充実種子の割合が少ないとの報告がありました(林 1988, 千吉良1995)。

 つぎ木により九州育種場に保存した個体は、植栽後数年から10年ほどで多くの個体が着花し始めました。そこで、ヤクタネゴヨウの種としての保存を確実なものとするために、有性生殖による増殖方法の確立を目的とした人工交配(写真-3)を2002年から開始しました。ヤクタネゴヨウの人工交配の事例は少なかったのですが、マツ類で通常行われている人工交配手法を採用したところ、種子を得ることができました。

                      2014_no2_illust-4                        写真ー3

⒍屋久島島内での生息域外植栽試験の開始

  人工交配により、様々な交配組み合わせの苗木が生産されました。これらの苗木を様々な環境に植栽して生存率や成長量を調べることで、ヤクタネゴヨウの生育に適した環境や必要とされる遺伝的な管理方法等の情報を得ることができると考えられます。そこで九州育種場では、ヤクタネゴヨウの生息地がある屋久島町、屋久島・ヤクタネゴヨウ調査隊、公民館及び住民等の協力をいただき、それぞれの所有地等にヤクタネゴヨウを植栽して、それらの成長量等を追跡調査する試みを、2012年から開始しました。植栽は、屋久島の周囲の広い範囲に21系統395個体について行うことができました。写真-4は、屋久島町の植樹祭イベントを兼ねた試験木の植栽風景です。なお、追跡調査は屋久島・ヤクタネゴヨウ調査隊が主体となって行うこととしています。

 屋久島は、世界自然遺産に指定されており、原生自然環境保全地域・国立公園地域・特別天然記念物・ 森林生態系保護地域等が複雑に入り組んで指定されています。場所によっては、人工植栽そのものが法律で禁止されている箇所もあるものの、今後生息地のヤクタネゴヨウが急激に減少するなどの状況等の変化があれば、生息域、あるいは屋久島や種子島島内への大規模な人工植栽などの可能性も否定できません。そういった事態に備えて、可能な範囲で立地適応性等の情報を収集しておく必要があると考えられます。

                    2014_no2_illust-2                      写真ー4

 7.おわりに

   巨大になる樹木について、種の保存を目的として生息域外に成体を保存する取り組みは、多くの労力と広大な土地が必要であり、継続した管理体制が必要になります。希少樹種はもともと情報が少ない事例が多いと考えられ、ヤクタネゴヨウについても九州育種場がつぎ木保存を始めた1989年当時は情報が少なく、そのため、手探りで技術開発を行い収集保存および増殖を実施してきました。

 これらの長期的で継続的な取り組みの結果、100-200個体のヤクタネゴヨウを生息域外にクローン保存するという当面の目標を達成することができました。また、保存したクローンを人工交配させることで遺伝的多様性に考慮しつつ、次世代のヤクタネゴヨウを大量に増殖することができる目途が立ちました。さらに、それら次世代のヤクタネゴヨウを用いて立地適応性等に関する情報を得るために一部に生息域が含まれる屋久島内で植栽試験を開始しました。これらの情報を整理しておくことで、将来的に屋久島や種子島内に大規模な人工植栽を行う必要性が生じた場合に、より適切で迅速な対応が図れるものと考えます。

 引用文献

 ・Akiba M and Nakamura K (2005) Susceptibility of an endangered tree species Pinus armandii var. amamiana to pine wilt disease in the field. Journal of Forest Research 10:3-7

・千吉良治・羽野幹雄(1995)ヤクタネゴヨウの種子の取り扱いに関する研究.日本林学会九州支部研究論文集 48:35-36

・Farjon A, Page C and Schellevis N (1993) A preliminary world list of threatened conifer taxa. Biodiversity and Conservation 2 : 304-326

・林重佐(1988)ヤクタネゴヨウ(アマミゴヨウ)の保護と保存. 林木の育種 147 : 11-13

・Kanetani S, Kawahara T, Kanazashi A and Yoshimaru H (2004) Diversity and conservation of genetic resources of an endangered five-needle pine species, Pinus armandii Franch. var. amamiana (Koidz.) Hatusima. USDA Forest Service Proceedings RMRS-P-32.188-191

・Kanetani S, Akiba M, Nakamura K, Gyokusen K and Saito A (2001) The Process of Decline of an Endangered Tree Species, Pinus armandii Franch.var. amamiana (Koidz.) Hatusima, on the Southern Slope of Mt. Hasa-dake in Yaku-shima Island. J. For. Res. 6 : 307-310

・木村資生(1960)集団遺伝学概論.培風館,東京,312pp

・Nakamura K, Akiba M and Kanetani S (2001) Pine wilt disease as promising causal agent of the mass mortality of Pinus armandii Franch. var. amamiana(Koidz.) Hatusima in the field. Ecological Research 16 : 795-801

・塩崎實(2010) 絶滅危惧種ヤクタネゴヨウ・ヒメバラモミ増殖保存事業(記録).社団法人林木育種協会,東京,212pp

・山本千秋・明石孝輝(1994)希少樹種ヤクタネゴヨウの分布と保全について(予報).日林講要 105:750

 

お問い合わせ

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