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図ー15 試験地の設定箇所
九州地方の8試験地(図15)に植栽された、スギエリートツリーのさし木苗9系統の3年次の樹高を調べました。いずれの試験地でも樹高成長の系統間順位は同様であり、樹高成長には遺伝的要因が大きいことがわかりました。また、3年次の平均樹高は、試験地によって差が見られましたが、いずれの系統も各試験地の既存系統を20~ 60%上回っていました(図16)。これらのことからスギエリートツリーの苗木は、遺伝的に樹高成長が優れていると考えられました。
図ー16 九州地方8試験地に植栽されたスギエリートツリーさし木苗の樹高
図ー17 東日本の5試験地に植栽されたスギエリートツリー実生コンテナ苗の樹高
東日本の5試験地に植栽された、スギエリートツリーの実生苗の3年次の樹高を調べました。スギエリートツリーの実生苗の初期の樹高成長は良好で、適地と考えられるスギの伐採跡地に植栽した3年次の樹高が、九州のさし木苗と同様に3mに近づく事例がみられました(図19)。一方、前生樹がヒノキの場合は樹高成長は悪く(図中の茨城)、適地に植栽することがエリ―トツリーの性能を十分に発揮するために重要であることがわかりました。
図ー18 本県内の同じ植栽地における、 2系統の苗木の斜面位置と樹高成長との関係の例
立地環境要因には、マクロな要因(標高、気温、降水量、日照時間等)やミクロな要因(土壌、TWI、TPI等)があり、苗木の成長は立地環境要因の影響を受けることが知られています。熊本県内のスギエリートツリーのさし木苗試験地においても、スギ苗木の樹高成長に違いが見られ(図18)、斜面位置のミクロな立地環境の影響を受けていると考えられました。スギ苗木の樹高成長とミクロな要因(TPI、TWI、土壌A層深等)との関係を検討した結果、樹高成長はTWIの影響を最も強く受けていることがわかりました。しかし、林地によって環境要因の影響の度合いは異なる可能性があります。今後、多くの事例を収集し、さらに要因の影響を検討していく必要があります。
九州地方の県別 TWI メッシュ値(10m)については、紹介ページで公開をしています。
図ー19 宮崎県内の同じ植栽地における、2系統の苗木のTWI と樹高成長量との関係の例
TWIは苗木の植栽位置を精密に把握することにより、国土地理院の数値標高モデルから個体ごとの値を計算することが可能です。宮崎県内の試験地において、スギエリートツリーのさし木苗のTWIと3年次の樹高成長量との関係を調べました。スギエリートツリーのさし木苗の樹高成長はTWIと正の相関を持つ系統(系統A)と持たない系統(系統C)があり、それらの系統の間では、高いTWIの場所で成長の差が大きくなり、低いTWIの場所では成長の差が小さくなると考えられました(図19)。
図ー20 TWI と5 年次樹高予測値との関係
苗木の樹高と苗木の精密な位置から得られるTWIを説明変数として、初期の樹高成長(1から8年次)を表現するモデルを検討しました。検討の結果、ある年次の樹高は、成長時間軸(年次)を説明変数とし、TWIを加えた非線形モデルの当てはまりが優れていました。この基本となるモデルに新たなパラメータとして系統と個体の効果を加え、系統の樹高成長にフィットするモデル式を構築しました。このモデルにより、各系統の初期樹高成長に関するTWIへの応答性の違いを表現できるようになりました(図20)。さらにスギエリートツリーの初期樹高成長が、通常のスギの樹高成長よりも早い場合が多いことが、このモデルからもあきらかになりました。
図ー21 TWI ごとの年次と樹高予測値との関係の例
構築したモデルにより、平均的なスギの成長を示す栽地におけるTWIごとの各系統の初期樹高(1から8年次)を表現できます(図21)。水分条件が悪い(TWIが小さい)場所では、系統区分間の差は明瞭ではありませんが、水分条件が良い場所では差が明瞭になります。植栽した苗木の成長は、TWIのような局所的な環境条件以外に、土壌深や斜面方位、日照時間、気温、降水量等の環境条件にも影響されます。系統ごとのスギの初期樹高成長を任意の植栽場所で予測するには、植栽地の地位指数や前生樹の平均樹高等の情報を加えて、樹高成長の予測精度を上げることが必要となります。
図ー22 競合植生タイプごとスギ樹冠梢端部の露出確率
下刈り後、競合植生が1年間に成長する高さをスギの樹高が超えると、“毎年”の下刈りは不要になります。下刈り1年後にスギの梢端部が競合植生より抜き出るためには、スギの樹高が、ススキ型で2.2m、落葉広葉樹型で1.3m、キイチゴ型で1.5m以上になることが必要です(図22)。つまり、造林地の競合植生タイプを判断し、スギがこの高さに達するまでは、毎年下刈りを行った方が、スギの成長低下を防ぐことができます。また、ススキ型やキイチゴ型など、下刈り省略後に植生高が高くならないタイプでは、ここに示したスギの樹高が下刈り終了を判断できる目安となります。
図ー23 下刈り省略前の樹高・競合植生との樹高差と省略後のスギ樹冠の露出の関係
アカメガシワやクサギなどの小高木になる木本性の競合植生が繁茂する造林地では、下刈り終了後にスギと共に競合植生も高くなります。そのため、下刈りの“終了”の判断には、スギと競合植生の成長量を予測することが重要です。宮崎県南部の落葉広葉樹が繁茂する造林地では、スギの高さが1.3mを超え、かつスギの梢端部が競合植生から70cm以上抜き出ていると、その後2年間下刈りを省略しても再び競合植生に覆われることはありませんでした(図23)。つまり、スギの高さが1.3m程度を超え、スギの樹冠が競合植生から70cm以上抜き出ている状態が下刈り終了の目安となりそうです。ただし、これらの数値は競合植生や立地の違いによって変わる可能性があります。そのため、それぞれの地域で状況をよく観察し、今回示したような視点で分析することが必要です。
図ー24 九州におけるスギ在来系統の10 年次までの樹高成長曲
九州内のスギ造林地194箇所を調査し、10年次までの樹高成長曲線を作りました(図24)。立地によってスギの初期成長が大きく異なることがわかります。仮にスギ樹高2mを下刈り終了と設定すると、成長が中庸な場所で4〜5年次まで下刈りが必要で、成長が良い場所だと3年次で下刈りが終了できることがわかります。つまり、九州において成長が良い場所では2回程度下刈りを省略できる可能性があります。このように、スギの成長に応じて下刈りスケジュールを判断することが重要です。
図ー25 スギ植栽木と競合植生の樹高の推移
熊本県人吉市にスギ特定母樹「県姶良20 号」の中苗(通常より大きな苗; 苗高90cm程度)を植栽し、2年目まで下刈りを行い、その後は下刈りを省略しました。植栽木は2年後には平均で2mを超え、下刈り省略後もアカメがシワなどの木本生の競合植生に追いつかれることはありませんでした(図25)。つまり、特定母樹やサイズの大きな苗を用いることで、立地環境などの条件が揃えば、下刈りを2回で終了できる可能性があることがわかりました。
立地によってスギの成長が異なるのと同じように、競合植生の成長量も変わります。そのため、当初に作った下刈りスケジュールが正しいとは限りません。地形や地位、競合植生タイプを判断し、その後も山を観察し、毎年下刈りスケジュールを見直すことが重要です。
図ー26 植栽4年目の下刈り直前のスギと競合植生の高さ (穂山ら、未発表)
鹿児島県内の造林地に特定母樹を含む複数系統のスギを植栽しました。植栽4年目の樹高に基づいて系統をグループ分けすると、在来系統(シャカイン)と同等の成長を示すグループ(普通グループ)と成長の早い系統のグループ(優良グループ)に区分できました。植栽4年目の下刈り直前の段階で、普通グループの苗木は、ほとんどの個体で競合植生の高さを超えていましたが、木本型の競合植生が優占する林地での下刈り終了の目安と考えられる樹高差70cmを超える個体は4割程度でした(図26)。一方、優良グループでは、ほとんどの個体で樹高差が70cm以上あり、この時点で下刈りを終了できると考えられました。
図ー27 3年目の下刈り前にスギ樹冠が半分以上露出する確率
上述の試験地で、植栽3年目の下刈直前にスギの樹冠が競合植生から半分以上抜き出る確率(露出確率)を立地(TWI)に着目し計算しました(図27)。普通グループのスギは、TWI の値にかかわらず露出確率は60%程度でした。スギだけでなく競合植生もTWI の値が大きいほど樹高や草丈が高くなる傾向にあることから、露出確率がTWIによって変わらなかったと考えられます。一方、優良グループのスギでは、TWI が高くなるにつれて露出確率も高くなったことから、TWIの大きい立地(地位の良い場所)で、成長ポテンシャルを発揮し競合植生との競争に有利になったと考えられます。つまり、地位が良い場所で初期成長に優れた系統を用いることで、下刈り回数を削減できる可能性があります。今後、特定母樹によって下刈りコストを削減するためには、成長能力を十分に発揮できる場所を選ぶことが重要になります。
図ー28 ドローン空撮によって推定された競合植生の高さ分布
ドローンを対地高度60m以下で飛行させ、CHM(樹冠高モデル)を作ることで、高い精度で競合植生の高さを推定できることがわかりました。CHMを作成するためには、伐採直後または植栽直後にドローンを飛行させ、競合植生がない裸地の状態でDTM(数値地表モデル)を作成しておくことがポイントとなります。その後、下刈り前などにドローンを飛ばし、DSM(数値表層モデル)を作ることで、DSMとDTMの差分からCHMを作成します(図28)。このCHM の高さ分布を基に、部分的な下刈りの実行などを検討することができます。
図ー29 ドローン空撮によって推定された植栽木の競合状態の空間分布
その年の下刈り要否は、植栽木の梢端部が競合植生から露出していること(競合状態C1・C2)が目安となっています。そこで、ドローン空撮によって得られたCHMとオルソ画像の色情報を用いた解析によって、造林地内の各植栽木と競合植生の競合状態(C1,C2,C3,C4)を80%以上の精度で推定することが可能になりました。そのため、競合状態の分布(図29)を用いて、樹冠梢端部が露出している植栽木(競合状態がC1・C2)を見つけて、面的な下刈り要否の判断ができるようになりました。
図ー30 植栽密度ごとの林齢と樹冠閉鎖率の関係
九州内のスギ造林地で、林齢と樹高、樹冠幅の関係を調べ、林齢ごとの樹冠閉鎖率を推定しました(図30)。従来の植栽密度である3,000本/haの場合、下刈り終了となる6年生での樹冠閉鎖率は40%程度でまだ十分に閉鎖していません。そのため、下刈り終了時点での樹冠閉鎖率は競合植生の成長にあまり影響せず、植栽密度を低くしても下刈り回数に違いは生じないと考えられます。一方、樹冠の完全な閉鎖は植栽密度を2,000~1,000本/ha に下げた場合に2~5年遅れることがわかり、ツル植物の繁茂や競合植生の衰退の遅れにより、除伐コストが大きくなる可能性があります。
図ー31 在来系統および優良系統の樹高と樹冠直径の関係 大塚ら(2022) 九州森林研究. 75:45-52)を改変
九州においてスギ挿木系統の樹高と樹冠直径の関係を調べました(図31)。特定母樹に指定された第一世代精英樹では、樹高ー樹冠直径の関係は在来系統と違いはありませんでしたが、第2世代(エリートツリー)では、在来系統および第一世代と比較して、樹高に対して樹冠直径が有意に狭く、スリムな樹冠になる傾向がありました。また、系統間でも、樹冠直径の違いがありました。今後、植栽密度を判断する際には、系統の違いによる樹冠形にも注意をした方がよいかもしれません。また、林冠閉鎖の観点から考えると、成長が良いエリートツリーだからと言って、在来系統と比較して樹冠幅が狭い傾向があることから、現時点では、植栽密度を下げない方がよいでしょう。今後、収穫期までを通したデータの蓄積によって、植栽密度を検討していくことが必要です。
図ー32 刈払い方法のイメージ
シカ被害は下刈り直後に多く発生します。下刈りをしない(無下刈)と被害を減らせますが、雑草木による被圧が強くなってスギが成長できなくなります。そこで、刈払いを高くして(高下刈)スギへの被圧を弱めながら林地にシカが好む餌(雑草木)を残す工夫をしたところ(図32)、被陰によるスギの樹高成長への影響はわずかであることがわかりました。特別な資材は不要なので、普通下刈りと同じコストで作業できます。
図ー33 刈払い作業効率の経年変化
刈払いの高さに関係なく、植栽した1年目の作業効率1)が最も高く次第に低下しました(図33)。これは、刈払いによって雑木の萌芽枝が増えたり、経年的にススキの株が発達した影響だと思われます。植栽した1~2年目の高下刈りは、普通の下刈りに比べて作業効率が1.5倍ほど高いことが分かりました(図33)。また、高い位置で刈り払うことで誤伐本数や誤伐による枯死は少なくなりました。
図ー34 高下刈りした7 試験地でのシカ被害率
高下刈りでシカ被害の発生を軽減できましたが、効果の大きさは場所によって異なりました(図34)。シカの好む雑草木が多い場所では被害が少なく高下刈の効果も大きく、シカが多かったりシカの好む雑草木が少ない場所では被害が多くて高下刈りの効果が小さいことが示された、と考えています。植栽前にシカ被害量を予測することは困難ですが、雑草木に対する嗜好性を評価できれば、高下刈りを効果的に使える可能性があります。現実的には防鹿柵で対策してもシカが侵入して被害が発生する林分もあるので、そういった場合には高下刈りの適用が有効な場合も考えられるでしょう。
図ー35 ウサギに食害されるコウヨウザンと、その切断部及び萌芽した枝の様子
造林地にノウサギの糞があれば、ノウサギが生息していることを示しており、食害を受ける可能性があります。被害の程度は造林地によって異なります。コウヨウザンの苗木は、スギ、ヒノキよりも好んで食害される傾向にありますが、萌芽性が強いので、食害を受けても萌芽枝が発生して、直ちに枯れることは稀です。一方で、主軸を食害されると成長に大きく影響し、優れた樹高成長を期待できません。 ノウサギのコウヨウザンに対する主軸切断の被害を調査したところ、ノウサギの被害は高さ70cmまでに多くみられましたが、主軸がある程度のサイズになると被害を受けにくくなることが分かりました。このことから、そのサイズになるまで防除する、あるいは、大苗を植栽する対応策が必要です。
図ー36 単木保護資材及(左)び大苗+忌避剤(右)で被害を防いでいる様子
ノウサギの食害に対して、様々な防除方法が提案されています。それぞれに長所と短所があり、被害の程度やシカ被害の有無等も考慮して、場合によっては複数の防除方法を選択します。
【忌避剤:軽被害地】薬剤散布することで枝葉の食害を防止する効果があります。しかし、新しく伸びた枝葉は無防備となります。
【大苗の利用:軽被害地】大きな苗を植えることで主軸の折損を減らす効果があります。しかし、育苗方法と植栽方法に技術開発が必要です。
【競合植生の利用:軽被害地】競合植生を林地に残すことで植栽木を保護する効果があります。しかし、実用化にはもう少し研究が必要です。
【単木保護資材:激害地】物理的に苗木を保護資材で覆う方法で、最も効果的な防除方法です。資材と設置に費用がかかり、シカ被害の有無で使用する資材の高さが決まります。
【シカ柵:激害地】目合いが5cm のネットで、シカ柵と同様に植栽地を囲う方法です。
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