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森林のCO2吸収量をタワーではかる
  大谷 義一(気象環境研究領域 気象研究室長)

1. 背景と目的
   地球温暖化防止の国際的な取り組みにおいて,森林生態系のCO2吸収量の把握が重要な課題となっている。しかし,温暖化防止に対する森林の役割を評価するという,社会的・科学的な要請にこたえるだけのデータはまだ蓄積されていない。森林生態系による大気中のCO2の吸収は,森林が光合成によって大気中のCO2を固定するいう,森林生態系の最も基本的な営みに依存しており,多様な気候や森林タイプに対応した炭素循環のメカニズムの解明が急がれている。とりわけ,森林によるCO2吸収量の評価を行い,温暖化にかかわる森林と気候の相互影響を予測するためには,観測によって森林と大気間のエネルギーやCO2の輸送過程を明らかにし,モデルの構築やモデルの検証に必要なデータを収集・蓄積する必要がある。このような観測研究は,陸域生態系のCO2収支を評価しこれを国別排出量に反映させようとする,温暖化防止京都会議以降の社会的要請に対して,科学的な知見を盛り込むためにも欠くことはできない。
   
2. 森林総合研究所フラックスネットと国際的なフラックス観測ネットワーク
   森林総合研究所では,気候帯や森林タイプの異なる森林に,気象観測試験地を設定し(表1,図1),観測タワーを使った森林−大気間のエネルギーやCO2輸送量(フラックス)の連続観測を行っている。観測によって,群落スケールでの輸送量と輸送過程が,試験地毎に明らかとなる。観測精度を維持し,新たな観測・解析手法に柔軟に対応し,さらに個別の観測研究成果を効率よく集約するために,各観測サイト間の連携を密に保つ必要がある。森林総合研究所フラックス観測ネットワーク(FFPRI FluxNet)という名称でこれらの観測研究を束ね,共通の目的と観測項目を定めたフラックス観測研究を行っている。
  表1. 大気―森林間のCO2フラックス観測試験地の概要

 

  図1. 森林総合研究所による大気―森林間のCO2フラックス観測試験地の位置 図2. 国際的なフラックス観測ネットワークにおける森林総合研究所フラックス観測の位置づけ

   近年,北アメリカやヨーロッパの研究者を中心に,フラックス観測データをデータベース化するネットワークが作られ,それぞれEUROFLUX,AmeriFluxといった名称で活動が続けられてきた。これを地球規模に展開する重要性が提起され,世界のフラックスネットワーク(FLUXNET)構築の機運が高まっている。同時に,日本を拠点としてアジア域のフラックス観測成果を集約するアジアフラックス(AsiaFlux)が2000年に活動を開始した(図2)。森林総合研究所フラックス観測ネットワークは,アジア域の森林生態系において継続的なフラックス観測研究を展開する数少ない研究グループとして,AsiaFluxに参画している。

3. 観測の概要
   札幌,安比,川越,富士吉田,山城,鹿北の各試験地には,観測プラットフォームとして高さ25m〜52mのタワーが設置された(表1,図3)。観測要素は,乱流変動法(渦相関法)による森林群落上のCO2フラックス,顕熱・潜熱フラックスと,群落全体のエネルギー収支などである。乱流変動法は群落上のエネルギーやCO2フラックスの測定手法の一つで,風速と気温,湿度,CO2濃度をそれぞれ1秒間に5回〜10回測定し,測定データを計算してフラックスを求める。これらの微気象要素を測定するために,超音波風速温度計,赤外線CO2ガス分析計,長波・短波放射計,光合成有効放射計,気温・湿度計,風速計,地中熱流計,地温計,土壌水分計などの測器を,観測タワーとその周辺に配置した(図4)。
 
  図3. フラックス観測タワー(富士吉田森林気象試験地) 図4. タワー頂部に設置した乱流変動法の測器群 (測定要素:風速の3次元成分,気圧,CO2濃度,水蒸気濃度など)

4. 森林のCO2吸収量の観測結果の一例(富士吉田森林気象試験地)
   森林総合研究所フラックス観測ネットワークに属する富士吉田森林気象試験地では,富士山北麓の常緑針葉樹林(アカマツ林)を対象に,フラックス観測を実施している。アカマツ林の群落高は約19m,林齢約80年で,森林は傾斜3.5度のほぼ一様な緩斜面上に位置する。試験地に設置された高さ32mの観測タワーにおいて微気象観測を行い,データを解析した。連続観測によって得られた,CO2吸収(あるいは放出)量の季節変化(暦年2001年,2002年)を図5に示す。図で緑〜青(負の値)に着色された時間帯は,森林によるCO2吸収を表す。

  2000年を基準に2001年を比較すると,降水量は約425mmの増加,年全天日射量はほぼ等しく,年平均気温は約0.4。C低下した。年間のCO2吸収量は約2.5%の減少となり大きな違いはなかったが,その季節変化パタ−ンは両年で大きく異なった。2000年は,梅雨季(6月:通日が150〜180日)に顕著なCO2吸収量の減少が見られ,これ以外の暖候季には明瞭な減少傾向は見られない。これに対して2001年は,7月〜8月(通日が180〜240日)の吸収量は逆に2000年よりかなり少なく,特に9月(通日が240〜270日)は前年同時期と比較してCO2吸収量の減少が顕著であった。冬季における休眠期間は2001年が2000年より約1か月長かった。常緑針葉樹林サイトの富士吉田試験地では,CO2吸収量は気温や日射量の変動をそのまま反映する。気温が高い時期(生態系呼吸量の多い時期)にどの程度の日射量が得られるか,休眠期間がどの程度の長さになるかといった年々の気象条件の違いが,年間のCO2吸収量に大きく影響することが分かった。

 今後は,データの精度向上に配慮しつつデータの蓄積を図り,森林のCO2吸収過程を解明し,森林群落のCO2吸収量とその年々変動を明らかにしたい。




  図5. 2000年及び2001年の二酸化炭素フラックスの季節変化(富士吉田森林気象試験地)

  横軸は年間の通日,縦軸は1日の中の時刻を示す。CO2吸収量は色別に示され,緑〜青は森林による吸収,橙〜赤は森林からの放出をそれぞれ表す。

  本研究は,森林総合研究所の研究予算の他に環境省地球環境研究総合推進費の補助を得て実施している。

なお,森林総合研究所フラックス観測ネットワークでは,下記のURLでwebサイトを運営し,最新の情報を公開している。

FFPRI FluxNet: http://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/flux/

平成14年度 森林総合研究所 研究成果発表会
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