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森林の手入れはCO2吸収量にどう影響するか?
  千葉 幸弘(植物生態研究領域 物質生産研究室長)

 大気中に含まれる温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の大気中の濃度を低下させるためには,木を植えて森林面積を増やし,森林にCO2をどんどん吸収させ固定することができれば,それに越したことはありません。しかし,世界中で森林面積を増やすというのはそんなに簡単なことではありません。そこで地球温暖化を防止するためのもう一つの手だてとして,何らかの方法で現在ある森林のCO2固定量を増加させることが模索されています。

 間伐などの手入れを怠った人工林は,成長量が低下してCO2固定量も減少すると思われていますが,それは本当なのでしょうか。手入れをした方がCO2の固定量を増やせるというのなら,どのような手入れをするのが効果的なのでしょうか。そして,人工林よりも天然林の方がCO2固定量は多いのでしょうか,それとも逆なのでしょうか。今このような疑問への答えが求められています。

1. 森林生態系におけるCO2吸収の仕組み
  植物は太陽エネルギーを利用して,二酸化炭素と水から有機物と酸素を作り出します。これが光合成です:

CO2 + H2O + 112kcal → [CH2O] + O2

 光合成で合成された有機物は,植物体そのものが生きていくために一部は呼吸として消費され,葉・枝・幹・根から再び大気にCO2が放出されます。そして残った有機物が植物の成長に回されることになります。単純に考えれば,この「成長量」が植物によって固定されたCO2量に相当すると思われるでしょう。

 しかし「森林」として見た場合,一本一本の木が持っている枝や葉はある時期が来れば枯れ落ちてしまいますし,木そのものもいずれは枯死します。このような枯死材にも炭素が蓄えられています。また森林土壌にもこれまでに蓄えられた有機物が存在し,それら有機物も徐々に分解して大気中にCO2となって戻っていきます。森林のCO2固定量を推定するためには,光合成から始まって,呼吸,成長,枯死,分解などの様々な経路をきちんと理解しておく必要があります(図1)。
 
図1. 森林におけるCO2収支の模式図

CO2固定量=CO2吸収量−CO2放出量


ただし現段階で計測可能なものだけを対象とし,生態系外への移動は省略した。

2. 人工林を間伐すると・・・
   スギをはじめとする人工林では,植栽後20年頃までに最初の間伐が行われ,その後何回か間伐を繰り返して,50年前後で一斉に伐採されるのが一般的です。最初の植栽本数や間伐のやり方は,どのような丸太を生産しようとするのかという生産目標によって違います(図2)。

 間伐をすると,森林が持っている枝葉量が一時的に減少しますから光合成によるCO2吸収量も減少します。しかし時間の経過とともに減少した枝葉量も回復して,光合成量も元の状態まで回復していきます。ところが,間伐を繰り返していくうちに隣接木同士の距離が徐々に広くなるので,間伐後の枝葉量の回復速度は徐々に遅れ始めます。そうなると森林全体の光合成量も低下しますから,見かけ上CO2吸収量も減ることになります。

 しかし一方で,間伐によって隣接木同士の距離が広くなるために,一本一本の木が持っている枝の量は増加していきます(図3)。炭素貯留器官として,幹と同様に枝も重要な役割を担っていますから,間伐によって林分当たりの枝と葉の量がどのように変化していくのか見極める必要があります。そして間伐によって収穫する木材と最後に伐採される木材と合計(総収穫量)がその人工林のCO2固定量を評価する上で重要ですから,CO2固定に対する間伐効果を判断するためにはそれらをすべて考慮する必要があります。木材の総収穫量は間伐の強弱などに関係なく大差ないという報告もなされていますが,CO2固定に対する間伐効果という観点から見ると,枝葉量や呼吸消費などを含めて再考の余地があります。


図2. 代表的林業地における林分密度管理

各林業地では生産目標に応じて,植栽本数や間伐の仕方(強さ・回数)が異なる。
 
図3. 枝及び葉に関する密度効果

林分平均個体の枝葉重量は林分密度と密接な関係がある


3. CO2収支のシミュレーションと課題
   光合成によるCO2吸収量から,呼吸や分解によるCO2放出量を差し引いたものが,生態系としてのCO2固定量になります(図1)。上述したような森林生態系におけるCO2の移動量を整理して可能な限りデータで裏付けながらCO2固定量を科学的に評価しなければなりません。さて人工一斉林での間伐施業を考慮して,有機物の分解をも加味した生態系としてのCO2固定量をシミュレーションによって推定したのが図4です。若齢段階(20年生前後)で固定量がピークに達した後,徐々に固定量が減少していく様子が見て取れます。この推定をさらに精緻なものにするためには,間伐による林分構造の変化や林内光環境の変化を反映させ,光合成や呼吸そして分解速度の環境要因に対する応答を組み込むなど,さらに改良する必要があります。
 
図4. スギ人工林の齢級別CO2固定能

光合成によるCO2吸収量から,呼吸消費や有機物分解によるCO2放出量を差し引いた,

森林生態系としてのCO2固定量を試算した。

(注:齢級とは林齢を5年ごとにくくったもので,林齢1〜5年生を1齢級,6〜10年生を2齢級のようにいう)

   最近では人工一斉林の持つ欠点を回避するために,人工林の複層林化や混交林化が進められています。このような森林では林冠層が複雑になり樹種構成も単純ではないために,CO2収支を推定するのは容易ではありません。しかし,構造が単純な一斉人工林よりも,生態的に安定しているといわれる複層林や混交林あるいは長伐期林を効果的に配置・整備するためにも,これらの森林のCO2収支を評価しておく必要があるでしょう。

 なお本研究は以下のプロジェクトのもとで実施されました:「森林,海洋等におけるCO2収支の評価の高度化」(農林水産省),「アジアフラックスネットワークの確立による東アジアモンスーン生態系の炭素固定量把握」(環境省),「炭素循環に関するグローバルマッピングとその高度化に関する国際共同研究」(文部科学省)

平成14年度 森林総合研究所 研究成果発表会
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