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CO2吸収をめざした熱帯での大規模造林が地域社会に与える影響
  横田 康裕(東北支所 森林資源管理研究グループ 研究員)

1. はじめに
   アメリカや日本では,新規造林事業による炭素吸収に非常に大きな関心が寄せられています。その一方で,世界的な環境保全や基本的人権・生活権・生存権尊重の気運が高まる中,大規模造林事業が周辺の自然環境や地域社会に及ぼす影響を考慮し,悪影響を回避・軽減させることは必須課題となっています。

 本報告では,大規模造林事業が地域社会に与える影響,特に土地利用や生産活動面への影響について,インドネシアの産業造林事業の例を紹介します。産業造林事業は,造林の主目的が炭素吸収ではありませんが,「外部の事業体」による「大面積造林」が地域社会に与える影響を見る際に,参考になります。

 なお,具体的な影響の内容は地域ごとに異なります。そこで,今回の発表では,紹介する影響の内容そのものよりも,影響を把握する際にどのようなことが重要かに注目していただければ幸いです。つまり,今後整備されていく影響把握マニュアルを利用する際の注意点としていただくことが目的です。

2. 手法
  影響の把握は,次のような手順で行いました。

a)事業の実施方法の把握
 (1)事業の制度内容の整理
 (2)調査地域における事業体と地域社会との関係の把握

b) 事業開始前の森林空間の利用実態の把握

c)事業開始後の変化の把握
 (1)それぞれの利用形態における変化の有無及びその内容の把握
 (2)変化した理由(経緯)の整理(事業との因果関係の整理)
 (3)事業による影響の抽出

3. 産業造林事業の実施方法
  3-1 インドネシアの産業造林(HTI:Hutan Tanaman Industri
   インドネシアでは,木材加工産業への原木の安定供給を主目的として「産業造林事業」が国策として行われています。その規模は,アジアでも最大であり,最大面積は30万haにもなります。主にアカシア・マンギュウムなどの早生樹を植林(図1)し,伐期は最短だと7年ほどです。造林事業を行う際に,「産業造林連結型移住事業(Transmigrasi HTI)」が行われることがあります。これは,産業造林での労働力を安定的に確保するために新しい村を作り労働者を集める事業です。また,「森林村落社会開発プログラム(PMDH:Pembinaan Masyarakat Desa Hutan)」は,全ての事業体の義務とされており,事業対象地域内の村でインフラ整備や資金・物資の提供を行い,住民の生活を支援することになっています。
図1. PT.MHPの産業造林事業地(南スマトラ州) インドネシアを代表する産業造林事業地の一つ
(資料:PT.MHPパンフレット(1994))
  3-2 S社の産業造林事業
   S社は,東カリマンタン州で産業造林を行う事業体です(図2)。同社はインドネシア国内では環境に対する配慮への関心が高い企業と言われています。事業地内には三つの村があり,その一つ(M村)が,「産業造林連結型移住事業」の村で,残りの二つ(K村,B村)はもとからあった村です。事業対象面積は約24,500haですが,このうち造林不適地(湿地や急傾斜地など),保護林(川沿いの林など),地元住民の利用地(焼畑や果樹園など)が外され,実際の造林対象面積は約16,000haとなっています。1992年に事業が始まり,2000年までに5,473haの造林が行われました。
 
図2. S社の事業地(資料:筆者作成)
   1995年から「産業造林連結型移住事業」が実施され,現在S社の事業地で働くのは移住村の住人です。それまでは近隣の住人が働いていましたが,今はほとんど働いていません。

 S社が「森林村落社会開発プログラム」を実施しているのは,移住村(M村)のみで,残りの二つの村では早生樹苗木の供与のみ行っています(他の林業会社が支援を担当している)。この木は,大きくなったらS社が買い取ることになっています。

4. 事業地の土地利用
  4-1 産業造林開始前の土地利用
   産業造林が始まる前の土地利用を模式的に示します(図3)。川沿いに集落があり,集落内では家庭菜園や果樹園などがあります。

 集落の近隣や移動の便がよい場所,肥沃な場所に焼畑及びその休耕地があります。焼畑耕作は,通常,定まった複数の土地を循環利用します。しかし,ある耕作地が休耕期間を設けても地力が回復しない時には,ローテーションから外して長期間休ませ,その代わりに別の新しい場所を開墾します。移動の便がよいところにある焼畑跡地は,果樹園として使われることもあります。  川や湿地では,魚やエビを捕り主に自家消費しますが,他の村人やS社に売ることもあります。移動や水の便がよく比較的平らなところでは,水田耕作も行われます。

 森林では,薪を 集めたり猟を行うほか,ツバメの巣や沈香,ラタン,蜂蜜を採っています。薪以外の林産物は住民にとってよい現金収入源であり,特にツバメの巣は非常な高値で売買されます。
 
図3. 産業造林開始前の土地利用
斜体字はそれぞれの場所での生産活動を示す(資料:筆者作成)


  4-2 事業開始後の土地利用
   産業造林開始後,土地利用は図4のように変化しました。S社は,先述のように地域住民が利用している農用地を事業対象から外し,集落から離れた場所で植林を進めています。産業造林連結型移住事業の村も,集落から離れた森林を伐開して建設されました。
 
図4. 産業造林開始後の土地利用
斜体字はそれぞれの場所での生産活動を示す(資料:筆者作成)



5. 産業造林がもたらした影響
   S社の産業造林事業が既存集落(K村,B村)の住民(以下「既存集落住民」)にもたらした影響について整理します。
  5-1 事業用地の確保
   住民にとって最も気になるのは,事業体との土地利用の競合です。そのためS社は,既存集落住民が利用中の農用地については造林対象地から外すことにしており,この場所については,現在のところ影響はほとんど生じていません。その一方で,既存集落から離れた森林が造林され,林産物採取地並びに開墾予備地の一部が減少しました。しかし,住民があまり利用していなかった場所であったため(人口の少なさやツバメの巣採取への依存により土地需要が低かった),現在のところ大きな影響は生じていません。とはいえ,林産物採取の動向に変化(重要な現金収入源であったツバメの巣の採取量の減少や籐の販売不振など)が見られ,換金作物(カカオや果物など)栽培への意欲も増大しているなど,将来的には土地需要が増大し,現在の利用地域だけでは不十分になることも考えられます。そうした場合,造林地は住民にとっては邪魔な存在になります。B村で一時的に行われた違法伐採はその一例でした。違法伐採の発生そのものはS社とは関係ありませんが,S社の存在によって事業地内での違法伐採対象地が限定されたため,事業地奥地での違法伐採が増大しました。
  5-2 賃労働の機会
   事業開始直後の1992年から1995年までは既存集落住民に労働機会が提供されましたが,1995年の移住事業開始以降その機会はほとんどなくなりました。しかし,産業造林での賃労働は,金額面での魅力が小さく,近くの木材伐採事業地でも働けることなどから,住民には特段の不満は見受けられませんでした。
  5-3 住民支援プログラム
   現状では,S社は既存集落住民に対して苗木を無料で供与しています。一部の住民は,販売や環境整備(被陰樹)の目的で,焼畑跡地や家庭菜園に植林しました。しかし,住民からすれば買い取り保証や技術支援が不十分なため,現在までのところ植林面積はわずかです。
  5-4 移住村居住者の活動
   移住村居住者は,原則として産業造林事業における賃労働で生計を維持することになっています。しかし,諸般の事情によりS社が計画通りに事業を進めることができず,賃金収入が十分ではありません。そのため,居住者は,村周辺で林産物採取や狩猟,水田の開墾(正確な面積は不明ですが200ha以上とも)を行っています。現在のところ,こうした活動は移住村周辺で行われているため,既存集落住民への影響は小さいといえます。
  5-5 その他
   S社は野菜や魚を地元住民から購入することもあり,一部の既存集落住民にとってはよい現金収入源となっていますが,量が少なく,影響は小さいといえます。また,産業造林事業開始以後,移住村(M村)への政策的移住が行われ,その後自発的移住も続いていますが,既存集落(K村,B村)への流入はありません。

6. まとめ−本研究によって得られた成果
   産業造林事業による影響は,事業の実施方法とそれを受け止める地域の社会経済状況や自然環境条件の相互作用(「社会文化生態力学」の相互作用)の結果として現れることが整理されました。そのため以下のようなことが指摘できます。

a) 事業の実施方法が同じでも,地域の状況が違えば影響の現れ方も異なる(例えば,調査地よりも焼畑利用面積が多いところでは,住民と事業との土地を巡る争いが深刻な問題となるなど)。
b) 時間の経過とともに地域の状況が変化すれば影響の内容も変化する(例えば,交通の便がよくなり販売目的の果樹栽培面積が拡大して土地需要が増大し,土地利用の調停が難しくなるなど)。
c) 資源利用の持続性への影響など,ある程度の時間をおいて現れる(例えば,林産物採取場所が限定されることで資源の減少が速まるなど)。

 そのため,影響の把握・予測のためには,森林や土地利用形態などの直接事業と関係することだけではなく,社会構造や周辺地域の経済状況,自然状況なども調査し,地域住民の生活の「リアリティ」(「社会文化生態力学的相関関係」)を把握することが重要です。さらに,「リアリティ」を事前に把握しつくすことの難しさと地域社会が変化を続けていることも考え合わせると,社会経済学的調査を定期的に,あるいは何か大きな社会変化や自然災害が発生したさいには随時行い,常に影響の現状を把握するように努めることが必要です。

なお,本研究は環境総合推進費プロジェクト(環境省)「K−1 陸域生態系の吸収源機能評価に関する研究」により実施しました。

平成14年度 森林総合研究所 研究成果発表会
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