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プレスリリース

2022年7月20日

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所

外来種駆除後の鳥の増加は「回復」ではなかった!
—小笠原の鍾乳洞で見つかった骨が明かす鳥類相変化—

ポイント

  • 小笠原諸島の鍾乳洞で6000年〜600年前の海鳥の骨が多数見つかり、人間が住み始める前の海鳥相が明らかになった。
  • 19世紀初頭に人間が住み始める前は、現在では絶滅の危機にある固有性の高い海鳥が主要な構成種だったことがわかった。
  • 近年の外来種駆除により在来の海鳥が増加しているが、これらは固有性が低く移動性の高い種類ばかりである。
  • 在来種が増加したからといって、必ずしも元の状態への「回復」とは限らないため、保全の目標となる具体的な生物相を解明することが重要である。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所と小笠原自然文化研究所の研究グループは、世界自然遺産に指定されている小笠原諸島の南島*1の鍾乳洞で多数の鳥類骨を発見し、人間が小笠原に住み始める前の海鳥相を明らかにしました。その結果、現在の南島では繁殖が確認されていない固有性の高い海鳥類(オガサワラヒメミズナギドリ*2オガサワラミズナギドリ*3、シロハラミズナギドリ)が、過去には最も普通に見られる種類だったことがわかりました。特にオガサワラヒメミズナギドリとオガサワラミズナギドリは、現在はごく少数の島でしか繁殖しておらず絶滅の危機に瀕している数の少ない鳥です。
南島をはじめとした小笠原の島々では、ノヤギやネズミなど外来種の駆除を進めた結果、オナガミズナギドリ、アナドリ、カツオドリといった海鳥が増えています。しかし、これらの種は在来種ではあるものの、もともと主要な種ではなかったことがわかりました。これらは世界的に広く分布する移動性が高い種です。つまり、増えやすい種類だけが増えており、人間の入植前の海鳥相とは全く異なる状態に変化していたのです。在来の海鳥の増加は自然再生の最初のステップとしては歓迎すべきことです。しかし、世界自然遺産地域である小笠原では、人間の影響を極力排除した自然な生態系の再生が求められます。少なくとも鳥類相については、固有性の高い元の姿を回復することを目標に事業を進める必要があります。
本研究成果は、2022年7⽉17⽇にRestoration Ecology誌で公開されました。

背景

小笠原諸島は自然の持つ価値の高さから、世界自然遺産地域に登録されています。海鳥は種子を散布したり、海由来の栄養分を陸地に供給したりすることで、生態系の中で重要な役割を果たします。しかし、ノヤギやネズミなど外来哺乳類の影響で、海鳥繁殖地の消滅や縮小が生じています。
小笠原では世界自然遺産としての価値を守ることを⽬的に、生態系から人間の影響を取り除くための外来種駆除が進められています。そのおかげで、最近では海鳥の個体数が増加してきています。在来種が増えると「回復」と考えられることが多いですが、それが本当に回復かどうかはわかりません。なぜならば、多くの場合は人間の影響が生じる前の生物相の記録がなく、元の状態に戻ったかどうかがわからないためです。保全事業による生物相変化の意義を評価するためには、人間が影響を与える前の生物相を解明し、保全の目標像を明らかにする必要があります。

内容

小笠原諸島の無人島である南島では、外来哺乳類のノヤギとネズミが野生化していました。ノヤギは森林を食害して草地ばかりの環境を生み、ネズミは種子や鳥類を捕食してしまいます。そこでこの島では生態系の保全のためノヤギが1970年頃に根絶され、また現在もネズミの低密度化が行われています。その結果、オナガミズナギドリ、アナドリ、カツオドリが増加するに至っています(図1)。この3種の海鳥は南島だけでなく、外来哺乳類が根絶された他の島でも増加しています。海鳥を調査していた私たちは、南島にある鍾乳洞で、洞窟の周囲から流れ込んだと考えられる相当古い海鳥の骨を多数見つけました。これを詳しく調べれば、人間が住み始める前の鳥類相を明らかにできるかもしれません。そこで私たちは、さっそくこの⾻の分析に取り組みました。
まず、東京都による自然再生事業の⼀環として、見つかった骨のうち20本を対象に放射性炭素を用いた年代測定を行いました。その結果、これらが6,000年前から600年前のものだとわかりました。小笠原に人間が住み始めたのは1830年からなので、これらの骨は人間の影響が生じる前の状態を示しています。次に種の判別が可能な1,318本の海鳥の骨を取り出して形態から種類を判別した結果、少なくとも7種215個体の海鳥が見つかりました(図2)。なんと、そこで大多数を占めていたのは近年増加しているカツオドリなどではなく、今はとても分布の狭いオガサワラヒメミズナギドリやオガサワラミズナギドリ(セグロミズナギドリ)、シロハラミズナギドリなどでした。これら3種は総個体数の70%以上を占めていました。
鍾乳洞から多数の骨が見つかった3種は現在の南島では繁殖が確認されていません。オガサワラヒメミズナギドリは小笠原の東島のみで、オガサワラミズナギドリは東島と南硫黄島でしか繁殖が確認されていない絶滅危惧種です(図3)。また、シロハラミズナギドリは小笠原2島とハワイのみでしか繁殖していません。現在は分布が狭く絶滅の危機にある海鳥が、実は人間が住む前の小笠原では最も普通の種だったということは、現在の私たちには到底想像の及ばない結果でした。
一方で、外来種駆除後に増えている3種の海鳥は世界的に広域分布する移動性の高い種類です。もともとの南島には低木林が広がり、そこで固有性の高い海鳥が繁殖していたと考えられます。しかし、彼らはノヤギによる環境改変やネズミの捕食のため姿を消し、外来種駆除後には移動性が高い種類だけが増加していたのです。つまり、最近の海鳥の増加は、増えやすい⼀部の種類だけが偏って増えたものであり、元の状態への「回復」ではありませんでした。
自然再生事業による在来鳥類の増加の意義を古生物学的な手法により評価した研究は、世界でも初めての成果です。

図1.南島で増加しているカツオドリの写真
図1. 現在の南島。地上では多数のカツオドリが繁殖している。

図2.種の判別が可能な海鳥の骨の一部の写真
図2. 鍾乳洞で見つかった海鳥の骨(上腕骨)。左からシロハラミズナギドリ、オナガミズナギドリ、オガサワラミズナギドリ、オガサワラヒメミズナギドリ、アナドリ、オーストンウミツバメ。

図3.左、オガサワラヒメミズナギドリの写真図3.右、オガサワラミズナギドリの写真
図3. 小笠原のみで繁殖するオガサワラヒメミズナギドリ(左)とオガサワラミズナギドリ(右)。

今後の展開

⼀般に人間の影響以前の生物相が記録されていることは少ないため、保全の目標像を決定するのは容易ではありません。このため、これまでは在来種が増加すればそれを「回復」とみなしていました。もちろん在来種の増加は、最初のステップとしては歓迎すべきことです。しかし、今回の研究により、その先にある本当の目標像が明らかにされました。出土した骨から見つかった3種の海鳥は分布は狭くとも、まだ絶滅したわけではありません。このような固有性の高い種を保全することにより、小笠原の生態系を真の目標像に近づけることができます。
南島の鍾乳洞は石灰岩地域に形成され、アルカリ性の環境ゆえに骨が溶けずに残りやすいため、過去の鳥類相を復元できました。海外の島でも外来種駆除後に広域分布する海鳥ばかりが増加する例が見られていますが、多くの場合は保全の目標像が明らかになっていません。しかし、太平洋の島々の24%は石灰岩地域を含んでいます。これらの地域において本研究で行ったように骨を探索し古生物学的な分析を行えば、各地で保全の目標像を解明できると考えられます。

論文

論文名:Recovery or change? Differences between in seabird fauna in island ecosystems before alien mammal disturbance and after alien mammal eradication.(回復か、変容か、外来哺乳類による撹乱と前外来哺乳類駆除後の島嶼生態系における海鳥相の変化)

著者名:川上和⼈・堀越和夫(小笠原自然文化研究所)

掲載誌:Restoration Ecology、Volume30 Issue5(2022年7⽉17⽇公開)

DOI:10.1111/rec.13579

研究費:環境研究総合推進費「小笠原諸島の自然再生における絶滅危惧種の域内域外統合的保全手法の開発」(JPMEERF20144002)、文部科学省科学研究費補助金「外来生物駆除後の海洋島の生態系変化:環境不均質性を考慮した管理シナリオの提案」(JP25241025)

共同研究機関

NPO法人小笠原自然文化研究所

用語解説

*1南島
小笠原諸島父島列島の無人島で、全域が石灰岩のカルスト地形となっている。面積約28ha。1950年代に野生化したノヤギの食害により低木林が草地化・裸地化したが、1970年頃に根絶されクサトベラやモンパノキによる低木林が拡大している。外来のクマネズミも侵入しているが、2012年から東京都による駆除事業が実施されており、低密度状態が保たれている。(元に戻る

*2オガサワラヒメミズナギドリ
2011年に新種として記載された海鳥。発表された時点ですでに絶滅している可能性も心配された。その後に小笠原諸島の東島でのみ繁殖が見つかったが、個体数は非常に少ない。絶滅危惧IA類。(元に戻る
参考:「ついに発⾒!オガサワラヒメミズナギドリの営巣地 —謎の希少⿃類は、⼩笠原の国有林に⽣き残っていた—」(2015年3⽉24⽇、プレスリリース)

*3オガサワラミズナギドリ
世界に広く分布するセグロミズナギドリの地域的な集団と考えられていたが、最近のDNA分析により小笠原だけで繁殖するユニークな種であることが明らかになった。絶滅危惧IB類。(元に戻る
参考:「小笠原諸島に固有の海鳥をDNA分析で発見 —セグロミズナギドリとされていた小笠原の海鳥は全くの別種だった—」(2018年1⽉25⽇、プレスリリース)

 

 

お問い合わせ

研究担当者:
森林総合研究所 野⽣動物研究領域 チーム長(島嶼性鳥類担当) 川上和人

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

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