今月の自然探訪 > 自然探訪2012年 掲載一覧 > 自然探訪2012年6月 初夏の実り
更新日:2012年6月1日
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里で薄紅のサクラの花が散り、柔らかな緑の芽吹きの時期も過ぎた6~7月。山では青葉の色が濃く、ホトトギスが盛んにさえずっています。ちょうどこの時期、気の早い樹木はもう実を結び始めます。せっかちなその樹木たちは、ヤマザクラやカスミザクラなどのサクラ類(写真1)、あるいはニワトコやキイチゴなどの低木類です。
日本の落葉広葉樹林では、ほとんどの樹木は9月以降の秋のころに実をつけます。それに比べると、初夏に実をつけるこれらの樹木は風変りな存在といえるかもしれません。秋は北から南に向かう鳥がわたり、その旅の途中、秋の実を食べて腹を満たします。一方、夏はそこで繁殖している鳥類がサクラ類やニワトコの実を利用することがわかっています。関東地方の山で、サクラの結実木の下で、あるいは真っ赤な実をつけたニワトコの近くで、静かにじっとしていると、ヒヨドリが実を食べにくる様子を観察することができます(写真2)。これらの樹木はヒヨドリに実を食べてもらい、そして、ヒヨドリは種子を無事に体外に出します。詳しく調べてみると、ヒヨドリはサクラ類やニワトコの種子を結実木から200m以上遠くまで運んでいることがわかってきました。まるで、ヒヨドリは樹木から果肉という栄養をもらう見返りに、種子を運んであげているかのごとくです。
実を食べにくるのは鳥だけではありません。冬眠から覚めて活動しはじめたツキノワグマにとっても、キイチゴやサクラの実は魅力的な食べ物です。標高差のある山では、標高の低い場所のサクラの実が先に熟し、標高の高いところのサクラの実が後から熟します。6~7月の山でツキノワグマの食痕をつぶさに観察すると、ツキノワグマがサクラの実の成熟を追いかけるように、標高の低いところから高いところに移動していることがわかります。人間はサクラの花をめでるために、サクラ前線を追いかけて南から北に旅行することがありますが、野生に生きるツキノワグマはまさに花より団子、実の成熟を追いかけて山を上に登っていくわけです。
一方、同じサクラの仲間でも、ウワミズザクラやシウリザクラは9月以降の秋に実を結びます(写真3)。これらの樹木は、結実の季節だけではなく花序・果序の形も、カスミザクラやヤマザクラとは異なります。実を食べにやってくる鳥も、ヒヨドリだけではなくメジロ、コゲラ、クロツグミなど多種多様になります。もちろん、ツキノワグマにとっても大好物です。
一口にサクラといっても、種類によってかかわりをもつ動物の顔ぶれも変わるということです。サクラの仲間は、人間にとってはきれいな花を見せてくれる大切な存在であり、日本の山の動物たちにとっては毎年のように食料を提供してくれる大切な存在であるといえるでしょう。
写真1: 初夏に実を結ぶカスミザクラ
写真2: サクラの実を食べるヒヨドリ(農環研 山口恭弘氏撮影)
写真3: 秋に実を結ぶウワミズザクラ
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