今月の自然探訪 > 過去の自然探訪 掲載一覧 > 自然探訪2017年7月 早池峰山(はやちねさん)の植生 ―固有植物など―
更新日:2017年7月3日
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岩手県のほぼ中心に位置する早池峰山(1917m)は、決して大きな山ではないにもかかわらず、多くの人が強い関心を寄せてきました。早池峰神楽に代表される豊かな地域文化の源泉となってきたという人文的な面と並んで、特徴ある地質や植生などの自然環境の面でも大きな存在感を示しています。
早池峰山は蛇紋岩からなる山です。蛇紋岩地帯には特有の植生が発達することが知られています。蛇紋岩からなる他の有名な山としては、尾瀬の西端に位置する至仏山があります。どちらの山も、見てすぐにわかるのは森林限界が低いことです。早池峰山に、最も代表的な登山口である小田越(約1250m)から登って行くと、30分もしないうちに一合目(約1410m)に着きます。そこには既に高い木がなく、小田越ルート沿いでそれより上に生えているのは灌木と草本のみです。この中には、早池峰山にしか産しない固有植物が5種類もあることが知られています。これほど固有植物が多いのは、この程度の規模の山としては珍しいことです。また、早池峰山の植物の中には、他の地域でわずかな個体数しか見つかっていないなどの理由で、早池峰山の準固有種とされているものもあります。さらに、早池峰山を分布の南限または北限とする植物がいくつもあります。このように特徴ある植生が成立しているのは、上に述べた地質だけでなく、近くに高い山がないことも理由として考えてよいでしょう。
早池峰山の植生の価値を実感するには、このような説明を聞くよりも、実際に一目見る方が早そうです。色とりどりに咲く植物とごつごつした岩とのコントラストは見事というしかありません。
早池峰山の植生には末永く存続してほしいものですが、それを脅かすいくつかの不安材料があります。ひとつは、人による盗難です。現在、行政と民間が協力して監視体制をとっていますが、盗難の根絶は至難の業です。もうひとつは、シカ(ニホンジカ)による摂食です。早池峰山は既に周囲をシカ生息地に囲まれており、登山口付近でシカを目撃したり鳴き声を聞いたりすることは珍しくなくなりました。食痕や糞も多数みられます。このままでは早池峰山にシカが登り、南アルプスや日光のように植生に破壊的な影響を与えるおそれがあるため、東北森林管理局が2011年度から予防対策事業を実施しており、森林総合研究所も協力しています。
以下では、固有または準固有植物のいくつかを写真で紹介します。
(企画部 堀野 眞一)
写真1:固有変種:ミヤマヤマブキショウマ Aruncus dioicus var. astilboides
7月の初め頃、黄色のかかったクリーム色の小さな花をたくさんつけます。母変種のヤマブキショウマは各地に分布しており、珍しい植物ではありません。それと比較すると、ミヤマヤマブキショウマは茎や花序が短く、全体的に小型で丈夫そうな印象を受けます。
写真2:固有種:ナンブトラノオ Bistorta hayachinensis
夏、ひょろひょろと伸びた茎に桃色の花をつけます。あまり多数集まって咲くことがなく、見栄えのする写真を撮るのが難しいと感じることの多い植物です。登山道で石の陰に隠れて咲いていることもあるので踏まないようにしなければいけません。
写真4:固有種:ナンブトウウチソウ Sanguisorba obtusa
北国の短い夏が半ばを過ぎた頃に咲きます。多数集まって咲いていることが多く、豪華な印象を受けます。小田越ルートの二合目付近などで大きな群落を見ることができます。
写真5:準固有種:ヒメコザクラ Primula macrocarpa
名前のとおり、小型のサクラソウであり、サクラソウの仲間としては少数派の白花です。岩手山や八幡平など奥羽山系の山に咲くヒナザクラは同じく小型で白花のサクラソウなので紛らわしいのですが、別の植物です。早池峰山の固有種とされていたところ、岩手県内の他の場所でも見つかり、準固有種に留まることになりました。
写真6:準固有種:ナンブイヌナズナ Draba japonica
5月の終わり頃から6月にかけて、登山道沿いでよく目立ちます。本州では早池峰山にのみ産し、北海道でも若干の産地が発見されていますが、これだけ見事な株を作るのは早池峰山だけだと言われています。早池峰山の遅い春を彩る花です。
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