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更新日:2020年6月1日

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自然探訪2020年6月 歩くトラバサミ「アギトアリ」

歩くトラバサミ「アギトアリ」

アリといえば、公園や庭などで身近に見られる小さな昆虫というイメージでしょう。日本には約280種のアリがいますが、多くは体長数ミリ程度で、カブトムシの角のような目立った特徴もなく、肉眼ではどの種類も似たように見えます。しかし、今回の自然探訪では、森林に住む変わったアリを紹介したいと思います。それは、体長1センチを超える日本最大級のアリで、クワガタのようなハサミ(大あご)を持った種、アギトアリです。「アギト」とは「アゴ」という意味です。もともとは鹿児島県より南にしか分布していませんでしたが、ここ10年ほどの間に大阪や三重、静岡、神奈川、東京といった本州の森林内で相次いで見つかっています。

アギトアリは基本的に夜行性で、日が沈んだ頃から巣穴の外に出てきます(写真1)。大あごを広げて歩き回り、大あごのつけ根付近に生えているセンサー(感覚毛)に獲物が触れると、反射的に大あごが閉じるようになっています(写真2)。まるで歩くトラバサミのようです。これで小さな昆虫やヤスデを捕らえます。アギトアリの仲間が大あごを閉じるスピードは非常に速く、秒速64メートルの記録があります。この高速のハサミ攻撃は、ゾウムシのように硬い虫の体も突き破ります。そして、アギトアリの武器は大あごだけではありません。大あごで捕らえた獲物を、腹部末端の毒針で刺して動けなくすることもできるのです(写真3)。さらに、大きな獲物に対しては仲間の協力を得てグループで狩りをすることもできます。生きた獲物を襲うだけでなく、小動物の死骸をあさったり、木の実を拾ったりして餌にすることもあります。

アギトアリの大あごは、敵から逃げるときにも役立ちます。大あごを地面に打ち付けた反動で後方に数十センチ飛び跳ね、敵の前から瞬時にいなくなることができます。ただし、こんなに器用なアギトアリですが、苦手なこともあります。アリの中では大きくて目立つのでクモに襲われやすいのです。背後からクモに忍び寄られ、素早く咬みつかれて麻痺させられるアギトアリや、クモの巣に引っかかったアギトアリをよく見かけます。また、大あごは小回りが利かないため、小さなアリに集団で襲われると反撃できずやられてしまいます。そして、他のアリとちがって脚の吸盤が発達していないため、木登りは苦手です。

アギトアリの巣は石や倒木の下、土の中にあります。巣の中には女王や働きアリ、子供たちが暮らしています。一般に、アリは1年のうち決まった時期に羽アリ(新女王とオス)を生産し、巣から飛び立った新女王はオスと交尾を済ませると羽を落とし、新しい巣を作り始めます。アギトアリの場合、羽アリは夏に発生します(写真4)。本州では林縁にある駐車場近くで巣が見つかることが多く、羽アリが自動車についてヒッチハイクして分布を拡大しているのではないかと考えられます。もしかしたら、皆さんの家の近くの林にもアギトアリがいるかもしれません。

(森林昆虫研究領域 砂村 栄力)

写真1 巣穴から出てきたアギトアリの働きアリ
写真1 巣穴から出てきたアギトアリの働きアリ。

写真2 大あごを180度開いたアギトアリ
写真2 大あごを180度開いたアギトアリ。あごの付け根付近から生えている長い毛がセンサーになっています。

写真3 アギトアリの狩り
写真3 アギトアリの狩り。獲物は大あごで咬みつかれた後も葉にしがみついて必死に抵抗しましたが、毒針で刺されると動かなくなりました。

写真4  アギトアリの新女王とオス
写真4 アギトアリの新女王(左)とオス(右)。新女王は働きアリと同じぐらいの大きさです。オスは働きアリや女王とは似ても似つかず、黄色いハチのような姿をしています。

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