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更新日:2023年4月3日

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自然探訪2023年4月 カミキリムシと線虫の相性

マツが枯れてしまう病気であるマツ枯れ(写真1 松くい虫被害、マツ材線虫病ともいう)が引き起こされるのは、病原体マツノザイセンチュウ(写真2)をマツノマダラカミキリの成虫(写真3)が健全なマツに運ぶからです。病原体デングウイルスを蚊(ヒトスジシマカやネッタイシマカ)が媒介して、人にデング熱を引き起こすのと同様です。

体長1mm程度の小さな線虫が昆虫を運び屋として利用する例は、他にも多く見られます。マツノザイセンチュウの近縁種を考えてみると、枯れたマツに生息するニセマツノザイセンチュウは主にカラフトヒゲナガカミキリによって運ばれます。近年、モミからはモミノザイセンチュウ(注)という別のマツノザイセンチュウ近縁種が発見されたのですが、この線虫はヒゲナガカミキリを運び屋としています。一方、広葉樹にも目を向けてみると、クワやイチジクに生息するクワノザイセンチュウはキボシカミキリに、タラノキに生息するタラノザイセンチュウはセンノカミキリ(写真4)によって運ばれます。ただし、これら近縁種はマツノザイセンチュウのように健全な木を枯らしたりはしませんので、ご安心ください。また興味深いことに、これらのカミキリムシは全て、カミキリムシ科の中のフトカミキリ亜科ヒゲナガカミキリ族というグループに属しています。マツノザイセンチュウを含むこれらの線虫は、ヒゲナガカミキリ族のカミキリムシに運ばれる、言い換えると、ヒゲナガカミキリ族と相性が良いということになります。

相性の良さが生じるには、秘密があります。これらの線虫は、通常は針のような口(口針)があり、餌である菌類(いわゆるカビ)を食べて生きているのですが(写真5a)、カミキリムシに運ばれる際には口針がなくなり、餌を食べなくても生きられる形になります(写真5b)。なぜならカミキリムシの体内にいる間は、餌を食べることができないからです。この口針のない形になる際に必要なのが、運び屋になるカミキリムシが成虫になる頃に出す物質であることが明らかになりました。好みのカミキリムシの近くにいる線虫は、その物質に反応して口針のない形になり、タイミングよく成虫に乗り移ります。一方、運び屋としてふさわしくない(相性の良くない)別の昆虫の近くに線虫がいたとしても、口針のない形にはならないので、その昆虫に運ばれることはありません。

カミキリムシと線虫の関係の巧妙さに驚かされるとともに、この知見からマツ枯れを防除するための手がかり、すなわちマツノマダラカミキリとマツノザイセンチュウの関係を断ち切るためのアイデアを得ようと、さらに研究を進めています。

(注)Bursaphelenchus firmae(学名)という線虫には和名がなく、ここではモミノザイセンチュウと仮称します。

(森林昆虫研究領域 前原 紀敏)

 

 

写真1 マツ枯れで壊滅したクロマツ林
写真1 マツ枯れで壊滅したクロマツ林

写真2 マツノザイセンチュウ雄成虫(体長約1mm)
写真2 マツノザイセンチュウ雄成虫(体長約1mm)

写真3 マツノマダラカミキリ雌成虫
写真3 マツノマダラカミキリ雌成虫

写真4 センノカミキリ雄成虫
写真4 センノカミキリ雄成虫

写真5 マツノザイセンチュウの頭部
写真5 マツノザイセンチュウの頭部
a) 通常は針のような口(口針)があります。
b) カミキリムシに運ばれる際には、口針がなくなります。

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