今月の自然探訪
更新日:2025年6月2日
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ハエ類はその多くが森林に生息し、種数・個体数ともに極めて多い昆虫です。これらは動物に寄生したり、食べられたり、植物や菌類を食べたり、その花粉・胞子を運んだりと他の生物と様々な係わりをもって森林内で生活しています。一部のハエ類はヒトの生活圏に入り込んで害虫とされますが、私たちの健康・文化的な生活に役立っているハエ類もいます。
ヒロズキンバエはいわゆるキンバエ類の一種で、古くからヒトの生活と密接に関わっている昆虫です。おそらく、これは「ハエ」と聞いて多くの人が想起するハエ類の1つであり、年長の方々はこのハエが食べ物や生ゴミ、排泄物に集るという印象をもっていると思います。実際に、このハエは衛生・不快害虫として各種資料に記され、その生態がよく分かっている昆虫です。しかし、各自治体が家庭ゴミを数日ごとに収集し、上下水道が整備され、アルミサッシなどで気密性の高い家屋が増えた今の日常生活でこのハエを目にすることは少ないです。
今日、ヒロズキンバエはイチゴの生産や傷口の治療、釣りの餌として私たちの生活に役立つ昆虫となっています。イチゴは、秋冬に栽培ハウス内で花を咲かせて、ミツバチなどを使って花粉を運ばせること(受粉)で実がなり、クリスマスシーズンから春にかけて私たちの食卓に彩りを添えています。ミツバチは気温が低いと上手く活動できませんが、気温が低くても活動するこのハエを寒い時期の受粉に使っています(写真1、2)。受粉用のハエは、医療用に飼育された卵から育てられた蛹を大量にハウス内に置いて羽化させています。
ヒロズキンバエは野外で動物の傷口や死体に産卵し、その膿んだり腐ったりした部分を幼虫(ウジ)が食べて成長します。ウジが私たちヒトの傷口に湧くと病気(人体ハエ症)とされ、このハエは害虫になります。しかし、膿んだ部分をウジが食べてくれると傷の治りがよく、傷跡がきれいになることが南北戦争の時代から知られています。この効用を積極的に利用する治療方法(マゴットセラピー)が海外40カ国以上で導入されているとされます。近年、国内でこの治療方法に利用するためのヒロズキンバエ生産が行われており、今後の適用例が増えることが期待されています。
釣具店に行くと、ハエの幼虫がサシ餌として売られています(写真3)。幼虫の餌に食紅を混ぜることでさくら色に染められた紅サシの多くがヒロズキンバエです。5月に入り、行楽が心地よい季節となりました。お弁当にイチゴを詰めて、サシ餌を買って釣りに出かけましょう。五月蝿いハエを追い払いつつ、怪我などに気をつけてお楽しみくだい。
(森林昆虫研究領域 末吉 昌宏)
写真1:イチゴの花を訪れるヒロズキンバエ
写真2:ヒロズキンバエなどの受粉で実ったイチゴ
写真3:釣具店で売られている紅サシ
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