今月の自然探訪 > 過去の自然探訪 掲載一覧 > 自然探訪2021年3月 森林がなくなるところ
更新日:2021年3月1日
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自然探訪のコーナーには、なぜか北方林の話題が多いのですが、今回も北の森林のお話です。
北方の針葉樹林は北に向かうと、徐々に樹高が低くまばらになり、やがて高さ30cmにもみたない矮小性低木や草本が繁茂するツンドラに置き換わります。例えば、カナダ・ケベック州ラブラドール半島のハドソン湾岸では、森林と北極圏の境界、つまり森林―ツンドラ移行帯の景色を、北緯55度付近で目にすることができます(写真1、2)。北緯55度付近はヨーロッパではコペンハーゲン、日本の近くだとサハリンの北の方とほぼ同緯度です。ヨーロッパやアジアでは、まだまだ立派な森林を見ることができる緯度なのに、ラブラドール半島のハドソン湾岸では森林―ツンドラ移行帯になってしまう理由の一つとして、ハドソン湾のかたちがあります。ハドソン湾の入り口が北の方にあるため、湾内の水は常に冷たいです。そのため、周辺も同じ緯度に比べて寒くなるので、この地域では比較的低い緯度でも森林の発達が制限されると言われています。
この地域の森林―ツンドラ移行帯には、カナダトウヒ(Picea glauca)の森林が風の影響が少ない凹地や水分や土壌の条件が良い川の周囲に成立します(写真3)。そして、森林ではないところには、ガンコウランやコケモモなどのツツジ科の矮小性低木などが地面にへばりつくように生えています(写真4)。
ただ、ガンコウランやコケモモは北極圏特有の珍しい植物というわけではなく、日本でもおなじみの高山植物です。その昔もっと寒かった時代にツンドラの植物が南に分布を拡大しました。その後、再び暖かくなった時に森林が北上し、ツンドラの植物も北に戻っていきます。その途中で、北極圏の植物の一部が日本の高山にも取り残され、遠く離れた日本の高山でも北極圏と同じような植物を見ることができるようになった、と言われています。
さて、このような植生の入れ替わる場所は、気候変動による影響がもっともわかりやすく観察できる場所でもあります。1988年と2008年にこの地域の同じ場所で撮られた写真を比べてみると、明らかに緑色の占める面積が増えており、温暖化に伴う環境の変化は明白です。今後はさらに樹木が増えて森林が広がっていくかもしれません。
今まで森林ではなかったところが森林になると、生態系の変化だけでなく、地域の文化も産業もすっかり変わってしまうでしょう。こんな環境の境目に暮らす人々はこれからどんな “新しい生活様式” を求められるのでしょうか?
(関西支所 北川 涼)
写真1:森林―ツンドラ移行帯の景色
写真2:森林―ツンドラ移行帯を飛行機から
写真3:河川沿いのカナダトウヒの森林、地表部は地衣類に覆われている。
写真4:ツンドラの矮小性低木とイチゴの仲間
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