種の特徴

ユビソヤナギは、成木の樹高約15mに達する落葉高木で、日本固有種である(写真1)。
種の発見は新しく、1972年に群馬県利根川上流域の支流・湯檜曽川で、深尾重光氏により発見され、1973年に木村有香博士によって新種として報告された。近年まで、自生地として湯檜曽川の他には宮城県の鳴瀬川源流部、江合川流域軍沢川、岩手県和賀川流域の3地点が知られるのみであったが、2003年の福島県只見川流域での大規模自生地の発見以後、精力的な分布調査が行われ、東北地方の脊梁山脈直下から日本海側にかけての多雪地域の山地河川において、点々と分布していることが明らかになってきた。しかし、大規模自生地である湯檜曽川流域、只見川流域、大鳥川流域を除けば、いずれの自生地も小規模で、なかには数個体しか生存が確認されない絶滅寸前の地域個体群もある。ユビソヤナギは、こうした多雪地域において、比較的河床の広い山地河川の氾濫原に生育し、シロヤナギやオノエヤナギ、オオバヤナギなどとともに、自然度の高い河畔林の重要な構成要素となっている。
ユビソヤナギは雌雄異株で、展葉に先立ち4月中旬から下旬にかけて開花する。雄花の雄蘂が合着して1本になっている点が、分類上の特徴である。さく果は5月中旬から下旬にかけて裂開し、種子を散布させる。種子の寿命は短く、休眠しない。多雪地域の融雪出水時の河川攪乱によって創出された裸地を、実生のセーフサイトとして利用し、更新しているものと考えられる。

写真1.ユビソヤナギの樹形

衰退要因

ユビソヤナギは、本州北部の多雪地域の山地河川において、自然度の高い河畔林の重要な構成要素と位置づけることができる(写真2)。しかし、近年、このような日本の自然度の高い河川環境は、貯水ダム、砂防堰堤の構築や護岸などの河川改修によって、著しく減少してしまっている。ユビソヤナギの自生地となる河川上流部においても各種の治水事業が進んでおり、湯檜曽川上流部を除けば自生地周辺に河川改修の手が加わっていない箇所はほとんど無く、なかには絶滅寸前の地域個体群もある。
たとえば、軍沢川(江合川流域)はかつて網状流路が広がる河川であったが、流路工により河道は固定・直線化されてしまった。現在、この流域にわずかに残るユビソヤナギ林は流路から切り離されており、今後、次世代の更新が出来ずに絶滅に向かう可能性が高い。
立谷沢川流域(最上川水系)は、砂防堰堤が幾重にも構築され、河川環境はすでに大きく改変されている。この流域で確認されたユビソヤナギの個体数は非常に少なく、さらに、確認された唯一のユビソヤナギ林分は、直下の堰堤により堆積した礫に埋没しかけている。2010年現在この堰堤では嵩上げ工がなされており、さらに河床が上がれば消失してしまう恐れがある(写真3)。
また、ユビソヤナギの自生地である河床の広い山地河川は、下流に狭窄部を持つ場合が多く、こうした狭窄部はダム建設の適地でもある。たとえば、奥利根湖(利根川流域)や田子倉湖(只見川流域)は、かつてはユビソヤナギの自生環境だったと推測されている。同様に、未発見のまま失われてしまった自生地もあるかもしれない。 このように、河川開発や河川改修による生育地の破壊や、更新に必要な河川の攪乱体制の改変が、ユビソヤナギの衰退要因であると考えられる。

写真2.原生的な河川環境を残す、ユビソヤナギ自生地(湯檜曽川流域)

写真3.ユビソヤナギ自生地で進行する、河川改修
(ユビソヤナギ群落が、堰堤の嵩上げ工の影響で土砂に埋没しかけている。立谷沢川流域)
(ユビソヤナギ群落が、堰堤の嵩上げ工の影響で土砂に埋没しかけている。立谷沢川流域)

保全のための課題と対策

ユビソヤナギは、種の発見自体が新しく、近年まで自生地の発見がなされており、いまだに分布実態が定かでない。このため、ユビソヤナギの保全にあたっては、まずその分布状況の把握が緊急の課題である。
ユビソヤナギは、多雪地帯の山地河川において、自然度の高い河川環境を構成する重要な要素ということができる。そのため、その有効な保全のためには、生態的特性や個体群維持機構を解明し、天然更新が可能な河川環境を保全・修復していくことが重要である。
具体的な対策は、以下のとおりである。
@自生環境の保全
湯檜曽川流域のように、ユビソヤナギの更新状態が良好な、広い氾濫原を有する河川流域においては、自生環境の保全をおこない、これ以上の河川改修を極力回避することが望ましい。
大鳥川流域、荒川流域など、部分的に河川改修が進行している河川流域においても、ユビソヤナギ自生地の保全を行うとともに、堰堤や護岸がユビソヤナギの更新に与える影響を注意深くモニタリングしていく必要がある。
A更新サイトとしての氾濫原の確保
治山・砂防のために新たな河川改修工がやむを得ない場合には、河道を固定せず河床幅を広く保ち、またスリット式堰堤を用いるなど、ユビソヤナギの更新に必要な氾濫原の生成を妨げない工法を選択することが求められる。
B河川環境の修復によるハビタットの創出
鳴瀬川流域や立谷沢川流域など、すでに個体群の存続が危ぶまれる自生地では、ユビソヤナギなどの河畔林植物の実生更新を促進するため、砂州や裸地などの人工的なハビタットの創出や河川環境の修復をおこなう、といった施策が必要である。
(菊地 賢/森林遺伝研究領域、鈴木和次郎/森林植生研究領域)
