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10. エゾノウワミズザクラ 

  Padus racemosa Gilib. (= Prunus padus L. )(バラ科)

種の特徴   衰退要因  保全のための課題と対策

写真 写真 分布
エゾノウワミズザクラの分布

環境省レッドリストランク:-(青森県:最重要希少野生生物A)
主な希少化要因:湿地の開発、河川の改修・ダム建設、植生遷移


種の特徴
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エゾノウワミズザクラは我が国では北海道と青森県にのみ分布するが、海外では極東ロシア、東アジアからヨーロッパに至るユーラシア大陸の冷涼な地域に広く分布する。

樹高10-15mになる落葉高木。樹皮はやや光沢のある紫褐色で、皮目がある。葉身は長さ6-9cm幅3-6cm、葉柄17-20mm。葉柄上部に1対の腺と呼ばれる小さなコブがある(ウワミズザクラは葉身の基部に腺)。葉は倒卵形、広倒卵形または楕円形で鋭い鋸歯がある。葉の基部は円形から浅い心形となる。表面葉脈のへこみが近縁種より大きい。花期5月下旬〜6月。前年枝に、通常20-40の花を総状につける(写真1)。花序の下部には葉がある。花は直径14mmほどで、萼筒は杯型となる。花弁は円形または倒卵形で、白い。一般のサクラのように先が割れることはなく丸い。雄蕊は多数で、花弁より短い(近縁種で近隣に生えるシウリザクラは、雄蕊が花弁より長い)。果実は7-8月に熟し、卵形で、黒色になる。

花

写真1.エゾノウワミズザクラの花
花弁は丸く、雄蕊は花弁より短い.


エゾノウワミズザクラは低地〜山地下部の肥沃で湿った土壌を持つ湿地周辺、川沿いに多く生育する。札幌近郊では、石狩の防風雪林に残っている。

エゾノウワミズザクラは萌芽及び伏条枝による栄養繁殖を盛んに行う。そのクローンの大きさは富良野東大演習林では最大68mに及ぶことが知られている。 エゾノウワミズザクラの自殖率は0~2%で、他のサクラ類同様ほとんどが他殖で受粉が行われていると考えられる。訪花昆虫はケシキスイの仲間が多く、アブ・ハチが訪れるのはまれである。予備的な父性解析の結果では200m離れた個体からの授粉が認められる。

結果率は0〜10%と個体や年次による変動が大きい。石狩地域ではムクドリ・コムクドリとヒヨドリによって果実が食されるのが観察される。


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衰退要因
ライン

エゾノウワミズザクラは環境省版レッドデータブックや北海道版レッドデータブックにも絶滅危惧種や希少種として取り上げられていない。しかし、北海道大学総合博物館・東京大学総合研究博物館に保存されている標本数をみても、しばしば同所的に生える絶滅危惧IB類*クロミサンザシの1/3以下で、東大では日本産のものは9枚ほどしかない。また、石狩周辺の防風林植生調査では89箇所中クロミサンザシは5箇所で確認されたが、エゾノウワミズザクラは3箇所で確認されたにすぎない。

RDB種に取り上げられなかった理由として、我が国ではエゾノウワミズザクラ自身の研究は少なく、生態があまり認識されていないこと、また、萌芽、枝条更新により1つのクローンが多数の地上茎を出すため、一見多数の「個体」が存在するようにみえて個体数が過大評価されているため、と推察される。実際はエゾノウワミズザクラの立地は限られており、1集団内のクローン数は多くないことから絶滅が危惧されると考えられる。

青森県のものは以前記録があったが、2002年に再発見され、五所川原周辺の2か所に分布する。個体数は非常に少なく、青森県最重要希少野生生物に指定されている。鳥により運ばれたと推察されている。

エゾノウワミズザクラの希少化要因は生育地の開発が主因である。本種の生育環境は、河畔や沢の下部の緩斜面で、湿って肥沃な土地である。クロミサンザシともしばしば同所的に見られる。このような環境は開拓前の北海道では広く分布していたが、低地の湿性林は伐採され、農地・放牧地などに転用された(クロミサンザシの項参照)。同時に、明渠・暗渠が造られ、水抜きが進められ、乾燥化が進んだ。

エゾノウワミズザクラは地下茎をのばして、クローンを拡大し、個体の維持を行っている。しかし、防風雪林の手入れが行われなくなり、乾燥化とともにササが大きく侵入している。ササが濃くなると、萌芽枝も維持できず枯れてしまうため、だんだんとクローンも衰えていく。

実生による次世代の更新も不良である。石狩防風林の植生調査では林床に単独での出現は記録されなかった。実生は湿潤な土壌条件と萌芽枝以上に光を要求すると考えられる。しかし、河川管理により氾濫など撹乱の起こりにくい状況にあり、また、撹乱があっても前述のササや外来植物のオオハンゴンソウ・セイタカアワダチソウなどの高茎草本にいち早く覆われ、実生の生残は難しい。

写真

写真2.エゾノウワミズザクラの花と若い果実

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保全のための課題と対策
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エゾノウワミズザクラを保全するためには、次のような対策が必要である。

@知名度の向上と生育状況の正確な把握
エゾノウワミズザクラは知名度が低く、その分布や生態などまだ十分に分かっていない。渡島半島では函館周辺で分布情報がある以外、記載が見当たらない。知名度を上げて、正確な分布や生育の現状などのデータが必要である。

A土地の乾燥化を防ぐ河川・湿地管理
現在の乾燥化を防ぐため、河川からの水分の供給がもたらされるように浸透性の高い構造をつくり、また、水を抜くための明渠や暗渠の配置を見直す必要がある。これらは人間の生活圏とも重なることも多いため、そのような場所では、保全すべき場所を指定して管理していくのがよい。

B定期的な河川氾濫を模した伐採、刈り払いによる成木の成長促進と実生の更新適地の創出
河川管理により河川氾濫などの自然撹乱が起こる可能性は少ない。そこで、適当に樹冠を開け、また、ササや高茎草本の優占を抑えるための人為的撹乱を行うことで、現存木の活性を回復させ、実生に更新に適した環境を作り出す必要がある。

C外交配に適した個体群管理
エゾノウワミズザクラは地下茎によってクローン繁殖を行っているため、樹冠の数は多く見えても、実際に遺伝的に異なるクローン数は限定されている可能性がある。本種は外交配を行うため、種子を作るのに、必ず違う個体の花粉が必要になり、どんなに樹冠を多く出しても1つのクローンや近親個体だけでは種子がうまくできなくなり、個体群の衰退につながる。

D競合する外来種対策
北海道内のエゾノウワミズザクラが残る防風雪林ではしばしば外来草本が高密度で繁茂し、実生の定着を妨げている。これらは成長が早く、空間が撹乱により生じてもいち早くそこに入り込み、他の在来種が更新する機会を奪っており、駆除等の対策が必要となっている。


(河原孝行/北海道支所)



* 印刷刊行物では、クロミサンザシのレッドリストランクが「絶滅危惧II類」と誤表記されたまま未修正のものがあります。謹んでお詫びし、「絶滅危惧IB類」に訂正いたします。

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