樹種ごとの
現状と保全策

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目次  はじめに  希少樹種保全のために  樹種ごとの現状と保全対策


目次
ライン

◆はじめに
◆希少樹種保全のために

1.希少樹種の現状と絶滅への悪循環
2.希少樹種保全対策
  (1) 生育地や個体群のモニタリング
  (2) 遺伝的交流と健全な種子生産の適正維持
  (3) 更新サイトの確保・創出
  (4) 生育不良
  (5) 集団内補植・現地外保全
  (6) 遺伝的かく乱の防止
  (7) 地域における理解と協働
3.おわりに

◆樹種ごとの現状と保全策

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はじめに
ライン

国連・地球サミットで採択された生物多様性保全条約に基づいて、日本政府は2007年に「第三次生物多様性国家戦略」を策定し、生物多様性の保全と持続可能な利用を目指しています。そのなかで、地域における人と自然の関係を再構築するため、希少動植物の生息できる空間づくりへの取り組みが掲げられています。

豊かな自然を誇る日本においても、現在、維管束植物の4種に1種が絶滅危惧種とされ、生物多様性の危機は決して無縁ではありません。限られた地域に分布する希少樹種を保全することは、生物多様性を保全する上で重要な意義を持ちます。

森林総合研究所では、氷河期から生き残り、現在にその姿をとどめている北方系の希少樹種を中心に、特有の森林生態系を構成し、生物多様性保全のために特に重要と考えられるさまざまな希少樹種の保全研究に取り組んできました。これらの成果をもとに、一般読者にもわかりやすい記述を心がけて、主な希少樹種保全の管理マニュアルとしてこの冊子を作成しました。ここに収録されていない希少樹種の保全策を考える上でも参考にしていただき、地域における希少樹種の保全管理に活用していただければ幸いです。


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希少樹種保全のために
ライン

1.希少樹種の現状と絶滅への悪循環

希少樹種は、限られた地域や特有の生育環境に局地的に分布しているものが多い。過去の気候変動によって分布域が縮小した希少樹種の多くは、この百年程度の間も急速に衰退していることが指摘されている。

氷河期に日本列島に広く分布し、約一万年前から始まった気候温暖化によって北方に分布域が縮小した北方系遺存種を中心に、森林総研ではさまざまな希少樹種の保全研究を進めてきた。その結果、希少樹種の多くは長期的には自然遷移の影響を受けているものの、現生樹木の生育地と次世代の実生が更新するサイトの減少や、更新不良や生育不良をもたらす人為的要因によって衰退していることが認められた。その現状をまとめると、絶滅に向かう悪循環の中にある希少樹種の姿が見えてくる(下図)。

悪循環
図.希少樹種の絶滅への悪循環


すなわち、森林伐採や植林、河川や湿地での土地開発などによって生育地の減少や分断化が起こり、現生個体数が減少する(@)。次に、親木となる現生個体数が減少すると、受粉条件が悪化して種子生産が低下し、近親交配によって生存や繁殖の能力が低い子孫が生まれ、更新不良が引き起こされる(A)。また、実生や稚樹の定着に特有の生育環境が必要な場合は、森林管理放棄などによって更新サイトが減少し、次世代個体数の減少が進む(B)。さらに、競合種の侵入による衰退や病虫獣害による被害も加わり、生育不良をもたらす(C)。このようにして、絶滅に向かう悪循環が始まるのである。

本冊子でとりあげた希少樹種について、主な衰退要因を概観すると、次のように特徴づけることができる(括弧内の数字は、該当する希少樹種の番号)。

@現生個体数の減少:全ての希少樹種。

A遺伝子交流の制限・近交弱勢による更新不良:極めて局地的に固有に分布する樹種(→ 1, 2, 3, 6, 13)、湿地性樹種(→ 9, 10, 11)。

B更新サイトの減少による次世代個体数の減少:カラマツ植林により光環境が悪化した亜高山帯針葉樹(→ 3)、河川の氾濫原や谷地・湿地を更新サイトとする樹種(→ 4, 5, 9, 10, 11, 12)。

C 生育不良:人為的移入や生育地および周辺環境への競合種の侵入が起こっている樹種(→ 4, 7, 8, 10, 11)。病虫獣害による被害を受けている樹種(マツ材線虫病(→ 1)、シカ食害(→3)、ヤギ食害(→ 8)など)


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2.希少樹種保全対策

このような状況にある希少樹種を持続的に保全するためには、単に生育地を保護するだけでは十分でない場合が多い。それぞれの地域集団における衰退要因を明らかにし、絶滅に向かう悪循環の流れを断ち切る必要がある。これまでの研究から、必要とされる保全対策を整理すると、次の7項目を挙げることができる。

(1) 生育地や個体群のモニタリング
希少樹種を認識し、その現状を明らかにすることは、効果的な保全策を決めるためにまず必要なことである。

特に、河川の氾濫原や湿地環境に生育する樹種(→ 4, 5, 12)では、土地開発や河川改修が大きな衰退要因となるため、人為的原因による喪失の監視が求められる場合が多い。また、極めて局所的に分布する樹種(→ 2, 3, 7)では、自然の植生遷移・自然衰退そのものの把握が必要とされるケースが目立つ。

※種の発見自体が比較的新しいユビソヤナギ(→ 5)は、第1次環境省レッドリスト(平成12年)では、「絶滅危惧IB類」とされていた。しかし、その後精力的に調査が行われた結果、次第に新たな分布地が発見され、当初の推定を上回る現存本数が確認されたため、第2次レッドリスト(平成19年)では「絶滅危惧II類」とランクは下がった。新たな分布地の発見は、生育地のある地域においてユビソヤナギへの理解を進め、地域における保全への動きをもたらすという波及効果をもたらした。
一方、環境省レッドリストには「情報不足」とされる樹種も掲載されている。この中には、今後、生育地での現状が明らかにされることで、絶滅危惧のレベルが上がる可能性のある樹種もあると考えられる。例えば、北海道と青森にのみ分布するエゾノウワミズザクラ(→ 10)は、クローン繁殖を行うため、みかけの個体数が過大評価されているおそれが指摘されている。現在、絶滅危惧種にはリストされていないが、今後、詳細な調査が求められる希少樹種の一つといえる。



(2) 遺伝的交流と健全な種子生産の適正維持
集団遺伝学的予測によれば、近親交配の悪影響を回避し遺伝的多様性の減少を1%以下に抑えるためには、まんべんなく交配が起こると仮定しても集団あたり毎世代50個体以上の成木が必要であり、さらに、長期にわたって遺伝的多様性を維持するためには、500個体以上が必要であるといわれている。実際には、交配の偏り、開花・結実のばらつきを考えると、さらに多くの成木数が必要となる。

しかし、希少樹種では、集団あたりの個体数が十分でない事例はしばしばみられる。実際に、個体密度の低下や集団の小集団化・分断化によって他個体との花粉の交流機会が少なくなり、健全な種子生産が行われず、次世代更新が阻害されている事例(→ 1, 2, 3, 6, 8, 9, 10, 11, 13)は多く、希少樹種衰退の主要な要因となっている。このような場合は、次世代集団を確保して集団を拡大し、遺伝的交流を復活させる必要がある。

※媒介昆虫によって受粉が行われる樹種では、隣接集団との距離が500m以上離れると遺伝子交流が期待できないとされている(シデコブシクロビイタヤ)。また、風媒樹種であるヤクタネゴヨウでは、個体密度が低い生育地では10m以内に同種個体がないと健全種子は5%程度しか得られない。
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(3) 更新サイトの確保・創出
更新サイトの環境が悪化している場合は、次世代集団を確保するために、適切な環境に改善しなくてはならない。場合によっては、新たに更新サイトを創出する必要もある。

里山の管理放棄地や周辺林分の成長に伴う林冠閉鎖によって、更新サイトの光環境が悪化し、次世代更新に悪影響が及んでいる現象はしばしば指摘される。これまでの実証研究から、受光伐採によって光環境を改善した結果、実生の定着や成長など次世代更新が促進された例が認められている(→ 3, 9, 12)。

また、農地転用などの土地開発による乾燥化で生育環境が悪化する事例は、湿地性希少樹種(→ 7, 10)で指摘されており、暗渠などの水抜き設備の配置の見直しなど、乾燥化を防ぐ対策が必要とされている。

一方、氾濫原を更新サイトとする河畔林構成種(→ 4, 5, 13)については、氾濫原の生成を妨げない河川管理が重要な対策となる。


(4) 生育不良

生育環境の変化や人為的導入によって、希少樹種の存在を脅かす競合種が侵入する事例も多い。例えば、ケショウヤナギ(→ 4 ニセアカシア:人為的導入とその後の定着)、ヤチカンバ(→ 7 オオイタドリ:乾燥化による侵入)、エゾノウワミズザクラ(→ 10 ササ類、オオハンゴウソウ・セイタカアワダチソウなど外来の高茎草本:乾燥化による侵入)などである。

また、個体数の限られた希少樹種がさらに病虫害や野生動物による食害によって致命的な打撃を受ける場合も決して少なくない。亜高山帯に遺存的に分布するトウヒ類は、シカの分布拡大に伴って成木や実生・稚樹が食害を受けている(→ 3)。また、マツ材線虫による被害(→ 1)、移入され野生化したヤギによる食害(→ 8)など、いずれも、地域の個体群の存続を脅かす場合は、適切な防除対策を行う必要がある。
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(5) 集団内補植・現地外保全

個体数が極端に少なくなり、現状では集団の拡大による遺伝子交流の復活が全く期待できない場合は、集団内への補植(→ 3, 7)を検討する必要がある。

また、極めて限定された地域集団の場合は、遺伝資源保全上やむを得ない次善の策として現地外保全が必要となる場合もある。現地外保全には、サシキや接ぎ木によって、現存個体のクローンを確保する場合が多い。種子由来の実生を保全する場合は、種子の母樹が偏らないように工夫することが望ましい。

※現在、森林管理局の保護事業などによって、現地外保全の取り組みが行われているものもある(→ 1, 2, 3, 8)。


(6) 遺伝的かく乱の防止

飛び離れた地域に分布する希少樹種は、、それぞれの地域で遺伝的に分化していることがある。基本的には、遺伝子攪乱を防ぎ、地域固有の遺伝的多様性を維持するため、異なる地域間での種苗の移動は行わないことが望まれる(→ 4, 9, 13)。また、街路樹や園芸用として種苗が流通している希少樹種もある(→ 9, 12)。生育地に近い地域で植栽する際は、異なる地域からの種苗は利用しないなど、種苗の由来に留意する必要がある。

オガサワラグワ(→ 8)では、近縁種であるシマグワが導入された結果、近縁種との交雑が頻繁に起こり、遺伝的に純粋な個体の生成に大きな障害となっている。このような場合は、近縁種の徹底的な除去とともに、純粋個体の確保が重要な対策として求められる。

(7) 地域における理解と協働

以上のような対策を有効に実施するためには、いずれの樹種・対策においても、生育地の所有者や地域住民など、地域における理解と協力は欠かせない。

※地域における希少樹種の保全のため、モニタリング調査や生育地の監視などが、地域住民、有志の会によって精力的に進められている事例も多い(→ 1, 3, 5, 9, 12)。

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3.おわりに
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希少樹種保全のためには、それぞれの種の実態を知り、それに応じて適切な保全対策を長期的、総合的視点で実施する必要がある。

現在、維管束植物のおよそ4種に1種が絶滅危惧とされており、レッドリストに絶滅危惧種として掲載されている木本植物は260種を越え、そのうちおよそ半数は南西諸島や小笠原諸島に固有に分布する。

本冊子では、北方系遺存種を中心とする14種の希少樹種について衰退要因と保全への対策を述べたにすぎない。しかし、ここで紹介した以外の希少樹種に対しても衰退要因や保全対策は基本的に共通すると考えられる。地域における希少樹種保全の参考にしていただければ幸いである。

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樹種ごとの現状と保全策
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<針葉樹>
1. 屋久島/種子島固有 ヤクタネゴヨウ(マツ科)
2. 極小遺存集団 早池峰山のアカエゾマツ(マツ科)
3. 本州亜高山帯遺存 ヤツガタケトウヒ、ヒメバラモミ(マツ科)
<広葉樹>
4. 北海道と長野に遺存 ケショウヤナギ (ヤナギ科)
5. 山地河畔遺存 ユビソヤナギ (ヤナギ科)
6. アポイ岳固有 アポイカンバ(カバノキ科)
7. 極小遺存集団 ヤチカンバ (カバノキ科)
8. 小笠原固有 オガサワラグワ (クワ科)
9. 東海丘陵要素 シデコブシ(モクレン科)
10. 北海道と青森に遺存 エゾノウワミズザクラ (バラ科)
11. 北海道と長野に遺存

クロミサンザシ (バラ科)
12. 東海丘陵要素 ハナノキ(カエデ科)
13. 北海道と東北・中部に遺存

クロビイタヤ(カエデ科)

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